あの時君は、たしかにサヨナラと言った

「なぁ、それ、何だよ?」

訊ねると、佐和子はおもむろに立ち上がり冷蔵庫から、同じようにきゅうりに割り箸の刺さったものを取り出すと俺につきだした。

「ん」

ん?

目の前には、みずみずしいきゅり。

「ん!」

「むぐっ…」

きょとんとする俺の口に、佐和子はそれをつっこんだ。

よく冷えたきゅうりは虫歯にしみた。でも、ほどよい塩加減が効いてシンプルな味ながらびっくりするほどうまい。

「つめてぇ!でも、うまっ!」

割り箸に刺さったきゅうりをばりばり噛み砕く俺に、佐和子は満足そうに頷くと、また、作業を開始した。

すでに、30本近いきゅうりが串刺しになっている。きゅうり屋でも始めるつもりだろうか。

「明日な、あすなろ園で祭りがあるんだ。これはバザーに出す」

あすなろ園というのは、佐和子がボランティアで手伝いに行っている特別支援学校のことだ。


この家に住むにあたって、俺は、カンペーちゃんからいくつかの約束ごとを言い渡されていた。

それは、佐和子の私生活について彼女が話した以上のことを聞かないこと。

それでも、一緒に生活していくにつれて自然とわかっていくこともある。

特別支援学校のボランティア以外に佐和子は老人ホームで入浴介助の仕事を週に何度かしている。

でも、それも毎日のことではない。入浴介助のパートタイムとボランティア活動をする以外は、裏で畑仕事をしているか、大抵家にいて本を読んだり、映画をみていたりして1日を過ごしているようだ。

友達と会ったり、家に招いたりしている様子はない。

家族の話もしないから、天涯孤独なのかもしれない。人付き合いは苦手なようだ。

それなのに、なぜ、俺をルームメイトに迎えてくれたのかは謎だけれど。