あの時君は、たしかにサヨナラと言った

「なんかいいことあったか?」

ふと顔をあげると、夕飯を食べながら携帯をいじる俺を、佐和子が怪訝そうに見ている。

店からの帰り道、真奈からラインが届いた。それに返信すると、またすぐに返事が来た。

内容は、他愛もないことだ。

今日も忙しかったね。とか、明日もだるいね。とか。

でも、美咲と別れてから久しぶりに女の子とやり取りをする俺にとって、そんな中身のない会話すら新鮮で楽しくて、つい、時間と佐和子の存在を忘れてラインに夢中になっていた。

「さっきから、携帯いじりながらにやにやして、気持ち悪いぞ」

「俺、にやにやしてた?」

「ものすごく」

「そっかぁ。ちょっとね、店のかわいこちゃんと連絡先交換しちゃってさぁ。それでね。むふふ…」

含み笑いする俺に、「きも…」と、佐和子は冷めた眼差しを向けた。

そして、呆れたようにため息をつくと、いきなりリビングにビニールシートを敷き、大量のきゅうりを並べ、そのひとつひとつに割り箸を刺し始めたのだった。

「てかさ、お前なにやってんの?」

真奈からの返事が途絶えたところで顔をあげると、佐和子がまだきゅうりと格闘していた。

まるで、親の敵のようにきゅうりに割り箸を指す作業を永遠繰り返している。

佐和子の額には玉の汗が光り、部屋の中には、きゅうりの青臭さが満ちていた。