あの時君は、たしかにサヨナラと言った

ちょうど世間は夏休みに入ったところで、いつにも増して目の回るような忙しい日が続いていた。

ようやく昼飯にありつけたのは、午後4時を回ってから。

佐和子が握ってくれたお握りとカップラーメンというのが俺の定番だ。ラーメンにお湯を注ぎ、お握りにかぶりついていると、真奈がバックルームにやってきた。

「武藤さんもお昼ですかぁ?」

「そうゆう真奈ちゃんも?」

「はぁい。めっちゃお腹すいたぁ」

真奈は、冷蔵庫からコンビニで買ったパスタを取り出すと電子レンジに放り込んだ。

「武藤さんて、実家暮らしですかぁ?」

横に座った真奈がくりくりと大きな目で俺を覗きこんだ。小さい顔に大きな目。つんとした鼻とアヒル口。真奈は、やっぱり可愛い。

服装も、ショートパンツや体のラインがわかるぴたぴたのワンピースが多く、目のやり場に困ってしまう。

今日はデニムのショートパンツを履いている。すらりと伸びた足が艶かしい。

「いや、実家暮らしじゃないよ」

「えぇ、そうなんですかぁ?じゃあ、彼女と同棲とかぁ?」

「まさか!彼女は今はいないから。でもどうして?」

もしかして自分に気があるのかと一瞬期待した。

しかし、

「だって、いつもお握り持ってきてるじゃないですか?まさか、自分で作ってるとか?それ」

真奈が、俺の頬張るおにぎりを指差した。

「ああ、これね…」

落胆しながら、なんと説明しようか考えた。別に自分で作っていると言ってもいいのだけれど、毎朝お握りをにぎる佐和子のウインナーみたいな手が浮かんできて、嘘をつくことに後ろめたさを感じた。

「これ、同居人が持たせてくれるの」

それで、そう答えた。

ちなみに、お握りの中身は、おかかと梅干し。梅干しも佐和子がつけたものらしい。シソに巻かれた甘めの梅干しは、ご飯にも酒のつまみにもよくあう。