あの時君は、たしかにサヨナラと言った

理容師見習いの俺の朝は早い。

店のオープンは、なんとびっくり8時30分なので、俺は、7時には家を出る。

朝飯は基本食べない。

今朝もテーブルにはでかいお握りが2つのっかっている。昨日、シンクに置いておいた皿は洗われ、三角コーナーはきゅうりのヘタ1つ入っていない。

佐和子は、毎朝俺よりも早起きをしている。

ジャージを着、麦わら帽子をかぶり、首にはタオルを巻いて、せっせと裏の畑で水を撒いたり、野菜を収穫したり、草取りをしているのだ。

俺は、しゃがんで鎌をふるう佐和子に「行ってくるぞ」と声をかけた。

佐和子は鎌をぶんぶん振って応えた。

店までは車で15分ほどなのだが、俺は1時間前には出勤し、店で身支度を整えてからウィッグを1体切る。

それから、クロスを洗濯したり、タオルを畳んだり、鏡を拭いたり、下っぱの仕事をしているうちに他のスタッフもやってくる。

店は美容と理容に仕切り一枚で別れていて、俺と同じく美容師見習いのアシスタントの子たちと準備するのだが、みんな俺より若い。

アシスタントの中で、俺は、一番年上だ。スタートラインに立つのが遅かったから。

美容にも理容にも、俺より年下のばりばり切ってるスタイリストがいる。早く俺もスタイリストになりたいと思う。