あと、一年半だ。あと一年半で自由になれる。

呪文のように心の中でそれを繰り返しながら父から与えられる痛みに耐えた。


「みっともない! お前は我が家の恥だ!」


その言葉と同時に張り手が飛んできて、それが運悪く左耳に直撃した。



今日の父はたいそう機嫌が悪かった。

最近仕事が忙しいのだろう。帰宅した時から表情は固く、口数も少なかった。そんな重苦しい空気を払拭しようとしたのか、母は食卓で饒舌だった。内容はお節介を通り越した小言だ。


「明日から学校だけれど、宿題はちゃんとしてたの?」
「夏休み毎日バイトばかりしてて、大丈夫なの」
「ちゃんと明日から頑張らなくちゃダメよ」
「明日は何時に帰ってくるの?」
「ちゃんとした格好していなきゃダメじゃない」
「今週末はママと買い物に行きましょう」
「なにかあったらママに言うのよ」


それらの言葉を聞き流しながら適当に返事をしていたことが、父の逆鱗に触れたらしい。「なんだその言い方は!」と突然大声を上げた。

あれから、おそらく一時間半は経っている。頭上から父の怒声は休むことなく降り注いでいる。

明日から一ヶ月半ぶりの学校が始まるというのに、前日にこんなに殴られるなんて最悪としか言いようがない。また痣だらけの理由を教師や友人に問われるだろう。そして、それに対して適当な言い訳を口にしなければならない。

ああ、頭が痛い。顔が痛い。耳が痛い。なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ。こんなのただのストレス発散じゃないか。お前みたいな奴のために、なんで痛い思いをしなくちゃいけないんだ。

痛みに顔が歪む。口の中に血の味が広がる。

泣くな。泣くんじゃない。痛いのは今だけだ。傷が治ればこんな痛みはどうってことはない。自分を殺せばいい。

自分を叱咤して唇に歯を立てる。口を開かなければ涙は溢れない。


「聞いているのか!」


父の罵声に顔を上げると、父の背後で母がこっちを見ながら不機嫌そうに食卓を片づけていた。

ほとんど手のつけられていない母の手料理。『せっかく作ったのに』とか『この子がお父さんを怒らせるからこんなことになったんだ』とでも思っているに違いない。

「子供のくせに偉そうな態度をして何様のつもりだ! 見た目も口の聞き方もふざけて……! 本当にお前は出来損ないだ!」

出来損ないにしたのは誰だと思っているんだ。いや、そもそも父と母にとっての完璧な子供とは意志のない人形のことなんじゃないか。

父も母も家族を大事にしていないくせに、子供にばかりをそれを押しつける。

壊したい、暴れたい、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。

そんな思いを奥歯をぐっと噛んでこらえ、ゆっくりと頭を下げた。


「すみませんでした。すみません。すみませんでした、ごめんなさい」


自分のなにが悪かったのか、ここまで手を上げられるようなことなのか、何十回も謝らなければいけないようなことなのかはわからない。けれど、謝るしかなかった。



一分一秒でもこの時間が早く終わりますように、と願いながら。