奏 〜Fantasia for piano〜


口を開かずに視線をぶつけ合う私達。

一歩も引く気はないのが伝わったからか、奏はツカツカと歩み寄り、私の横に立った。


「マスター、すみませんが五分休憩を下さい」


私の右手首を掴むと、引っ張って立ち上がらせる奏。

マスターがいいと言っていないのに、私を連れて暖簾をくぐり、カウンターからさらに、店のドアを開けて外に出た。


空はうっすら朱に色づき、ふたりの影が重なるように長く伸びている。

どこへ行くのだろうと思ったら、ひなびた隣の居酒屋との間の、路地とも呼べない隙間に、奏は足を踏み入れた。

足元には土に汚れたビールケースが転がり、またいで奥へ進む。

下草と湿り気のある土を踏みつけて、向こう側に抜ける前に足を止めた。

夕日の射し込まないこの場所は、空気がひんやりと湿っていて、気持ちのいい場所ではない。


やっと手を離され、向かい合う。

通路の狭さと、静かに怒っているような奏に、壁に身を寄せたい気持ちになる。

アコールのレンガふうの外壁に背中を貼り付けると、奏の左腕が顔横に突き立てられた。