奏 〜Fantasia for piano〜


私のお手本は五歳の奏の演奏で、耳に焼き付いているあの音と同じ音を出そうと、いつも意識している。

でも、ダメだ……今日もうまく弾けない。

どんなに練習したって、私には奏の音が出せない。

五歳の奏の演奏に、追いつくことは不可能なんだ……。


弾き始めておよそ五分後に、メロディは最初のキラキラしたフレーズに戻ってきて、終わりを迎えた。

マスターが「ブラボー!」と声を上げ、お客さんと共に拍手してくれた。

奏の音を理想とする私には、自分の演奏じゃ物足りないけど、マスターは満足してくれたようなので、それについてはホッとした。


まだ鍵盤に指を置いたまま、暖簾の向こうを気にしてしまう。

奏は、私の演奏をどう感じただろう……。


『下手くそだった』という否定的な言葉でもいいから、感想を言いにこっちに来てくれないかな。

そうすれば、ピアノの話題を広げることができるのに……。


そんな私の気持ちを代弁するかのように、マスターが呼びかけてくれた。


「おーい、香月くん。
ちょっとこっちに来てくれないか」