うちにあるのと同じメーカーの、縦型アップライトピアノが一台、壁際で沈黙していた。
鍵盤の蓋はうっすら白く埃が溜まっていて、しばらく生のピアノを聴いていないと言ったマスターの言葉を裏付けていた。
マスターは「ごめん、ごめん」と言いながら、もこもこしたハタキで埃を払ってくれる。
それから本棚の前に行き、楽譜を何冊か持ってきて、私に選ぶように勧めてきた。
「俺のコレクションの楽譜さ。
この中に弾きたい曲がなければ、別のを出すよ。たくさんあるからね。
さぁ、なにを弾いてくれる?」
楽譜のコレクションまで……。
相当のクラシックマニアみたいで、急にプレッシャーを感じてしまった。
弾いても大丈夫かな……下手くそなのに。
固めた決意が早くも崩れそうになったけど、ものすごく嬉しそうに楽譜を差し出されては、もう断ることはできない。
三年前のコンクールの課題曲だった、シューベルトのピアノソナタにしようか?
いや、今、レッスン中の、有名なショパンのエチュードにしようか……。


