カウンター裏に足を踏み入れたものの、ピアノを弾いたら、奏が嫌な気持ちになるのではないかと心配した。
「こっちだよ」と珈琲色の暖簾をくぐって、マスターは小部屋の中に入っていく。
どうしよう……奏に嫌がられるくらいなら、用事を思い出したと言って帰ろうか?
でも……。
心配や不安の他に、期待している自分もいた。
これはチャンスかもしれない。
弾いた後には、奏とピアノの話ができるんじゃないだろうか?
教えてくれなかったピアノを辞めた理由が、聞けるような展開になるかも……。
意を決して、私も暖簾をくぐった。
長テーブルの上には、ファックスやプリンターが置かれ、店の経営関連のものと思しき帳簿や伝票なんかが雑多に置かれていた。
中は思ったより広く、八畳ほどの空間で、壁際には大きな書棚があり、CDやレコードが綺麗に収納されている。
バイオリンケースと、なんの楽器が入っているのか分からないケースも、三つ置いてあった。
そして、ピアノが……。


