「下手でもコンクールに出るくらいだ、すごいじゃないか。
是非とも、一曲、聴かせてくれないかな?」
「え……?」
思わず店内を見回してしまったけど、ピアノは見当たらない。
するとマスターは立てた親指で後ろを指し、ニカッと笑った。
「カウンター裏の、事務室兼、物置部屋に置いてある。しばらく生のピアノ演奏を聴いていないから楽しみだな〜。
閉店後には音楽好きが集まって演奏するんだけど、今やってくる奴らは、管と絃が多いから」
「ちなみに俺はバイオリン」と言って、マスターは私をカウンター裏へ誘う。
クラシック好きなのは分かっていたけど、アマチュアの演奏家だったとは知らなかった。
促されて立ち上がり、マスターの後ろをついて行く。
奏は洗い物をしている。
その横顔は固く、顔をしかめているように見えるのは気のせいか……。
ピアノの話を二度とするなと私に言っていたし、クラシック好きのマスターにも、ピアノを弾いていた話はしていないんだろうな、きっと……。


