奏 〜Fantasia for piano〜


不思議な夢のことは、二ヶ月ほど経った今も、まだ鮮明に記憶に残っている。

それをただの夢だと一度は片付けてしまっても、気になって仕方ない。

あの世界の扉の中に、奏の心の一部が閉じこもったままなのではないかと、心配する自分がいるのだ。


離れていった奏からカフェラテに視線を移し、満月を見上げるウサギと自分を重ねてしまう。

どんなに見つめても、月はなにも答えてくれなくて、ウサギが寂しそう……。


店内には、チャイコフスキー作曲のバイオリン協奏曲が流れている。

その曲を聴きながら、カップを左手に持ち、口をつけた。

カフェラテを味わいながら、右手はテーブル上を動き出す。

バイオリンのソロパートを、架空の鍵盤上で弾いていた。


音楽を聴くと勝手に指が動いてしまうのは、癖のようなもの。

ピアノを習っている人なら、癖とまではいかなくても、同じ経験があるのではないだろうか。


奏は、どうなんだろう?

私がここに滞在している短い時間では、そんな仕草は一度も見られなかった。

でも、クラシック音楽が流れ続けるこの店をバイト先に選んだということは、ピアノを辞めても音楽から離れられないんじゃないかな……。

そう、思いたかった。