奏 〜Fantasia for piano〜



奏のバイト先を見つけた日から、十日ほどが経っていた。


宏哉の試合は途中から応援観戦したけれど、残念ながら負けてしまった。

でも、宏哉に涙はなく、やり切ったという満足そうな笑顔を浮かべていたからよかったと思う。


いつもと違い、マウンドで真剣な目をする宏哉はかっこよかった。

もちろん友達としてそう思っただけで、試合後に何度目かの告白をされても、断るしかなかったけれど……。


効きすぎた冷房に寒さを感じ、持ってきた薄手のカーディガンを羽織り、ペンを持ち直した。

ここは予備校内の教室で、私は今、夏期講習を受けている最中。


「ーーであるから、この"給い"は、補助動詞のーー」


予備校の講師の教え方は、学校の先生とは違う。

端的で無駄がなく、覚えやすいけど味気ない。

受験のためだけの教え方なんだろうな……。

説明を聞きながら、テキストに赤ペンでポイントを書き込んでいた。


私の志望校は、市内にある三年制の短期大学の保育科で、偏差値は高くない。

今のままでも合格する自信はあり、予備校の夏期講習は必要ないかもしれない。