奏 〜Fantasia for piano〜


ゆっくりと時間をかけて、音楽を楽しみながら飲んでいた。

その間に他の客が五人訪れ、珈琲を飲んでマスターと談笑すると、みんな私より先に帰っていった。

奏はマスターの指示を受けながら、無駄のないスマートな動きで仕事をしている。


ついに私のカップも空になってしまい、名残惜しさを感じながらも席を立とうとする。

そのとき、バッグの中でスマホが短い音を鳴らした。

それはLINEメールの通知音で、誰からのメールかと確認する前に、ハッと気づいて慌て始めた。


絶対に梨奈からだ。

マズイ、今何時だっけ?


急いでスマホを取り出すと、やはり梨奈からで、【今どこ? まさか寝坊?】という内容だった。


宏哉の試合は十時半から。

梨奈とは球場入口で待ち合わせていて、今は十時四十分だった。


梨奈と宏哉のことをすっかり忘れていた私は、慌てふためく。

謝罪の言葉に、到着まで後二十分はかかるという説明を添えて返信し、椅子を鳴らして立ち上がった。


ええと、カフェラテの値段はいくらだっけ?

確認している時間も惜しくて、テーブルに千円札を置くと、「すみません、用事を思い出して……また今度来ます!」と言い置いて、店を飛び出した。


奏のことになると、周りが見えなくなるというか、頭も心も一杯一杯で、他のことに気が回らなくなってしまう。

梨奈と宏哉に申し訳ないと思いながら、地下鉄の入口に向けて、抜けるような青空の下を駆けていった。