奏 〜Fantasia for piano〜


目を合わせていられなくて、カップのウサギに視線を落としてうつむいた。

でも、ウサギも怒っていて……。


やっぱり店に入らなければよかった。

これじゃ、奏に近づくどころか、嫌われて、心の距離が開いてしまう。


後悔して落ち込んでいると、小さな溜息と共に、呆れたような声が降ってきた。


「困った子だね」

「ごめんなさい……」

「いいよ、仕方ない。
他の人には、この場所をバラさないでね。俺と綾の秘密」


ふたりの秘密……その響きのいい言葉にパッと顔を上げると、奏がクスリと笑っていた。

月に向かって咲く花のように、静かで控えめで、綺麗な笑顔。


心臓がドキンと大きく跳ねた。

再会してから初めて笑ってくれた……嬉しい……。


「約束してくれる?」と聞かれて、大きく頷いた。


「約束する。絶対にこのお店を、他の人には言わないよ」


奏は微笑んだまま背を向けて、カウンター裏に戻って行った。

店主に「友達だったのか? それとも彼女か?」と聞かれていて、「クラスメイトですよ、マスター」と答えていた。