奏 〜Fantasia for piano〜


営業中かどうか分からず、入るのを躊躇っている客に見えたのだろうか。

どうしようかと一瞬迷ったが、奏の後をつけてきただけだと言い出せず、頷いて店の中に足を踏み入れた。


鼓動がドキドキと速度を上げていく。

奏になんて言い訳しよう。

『あ、偶然だね!』そんなふうに言おうか?
それとも……。


しかし、中に入って辺りを見回しても、奏の姿はない。

あれ? 見た限り、二階席とか、奥の部屋に客席があるふうでもないのに、どこへ行ったのだろう。トイレ?


私の他に客はなく、椅子が五つ並んだカウンターでも、四つあるテーブル席でも、「お好きな場所にどうぞ」と言われた。


選んだのは、窓際のふたり用のテーブル席。

水を出してくれた店主は、私の前に手書きのメニュー表を広げて言った。


「お嬢さんは、初めてのお客さんだね。うちは珈琲がうまいよ。
最近はカフェラテっていうのも始めて、女性にはそっちの方がいいかな。
おじさんはできないけど、うちの若い子が可愛い絵を描いてくれるから」