奏 〜Fantasia for piano〜


愚痴を言い終えると、先生は音楽室を出て行こうとする。

それを私が引き止めた。


「先生、お願いがあるんですけど」


急いでバッグの中からスマホを取り出し、「写真を撮って下さい」と手渡した。

快く引き受けてくれた先生。

横長の黒いピアノの椅子に座る奏を、私はグイグイと押して、無理やり隣に座る。

五歳の頃は並んで座っても広く感じたピアノの椅子が、今はお尻が半分はみ出そうだ。


「はい、撮るよー」


カシャリとシャッター音がして、スマホを返してくれた先生は、忙しそうに音楽室を出て行った。


撮ってもらった写真を、奏と一緒に見る。

あの頃みたいに無邪気に満面の笑みで……とはいかないけど、穏やかに微笑む私達が画面に記憶された。

「いい写真だね」と画像を奏のスマホに転送しようとしたら、「俺はいらない」と断られる。


「残念ながら俺は、綾ほど心が強くない。
固めた決意が揺らぐと困るから、もらえないよ。
綾のいない寂しさを感じている暇もないほどに、音楽に没頭しないとね」

「うん、分かった」


スマホを制服のポケットにそっとしまう。

これは私だけの宝物。

五歳と十八歳、ふたりで写る二枚の写真は、私にとっては前に進む力になると思うから……。