「奏の夢を応援したい。全力でぶつかって、いつか諦めなくてよかったと笑ってほしい。

だから……別れよう。奏の邪魔をしたくない。
あ、決して後ろ向きな気持ちじゃないから。

私は私の夢を追いかける。幼稚園の先生になって、子供達に音楽の楽しさを教えてあげたいの」


言えた……。

泣いたらどうしようと不安もあったけど、大丈夫だった。

奏を笑顔で送り出すという覚悟のおかげかな。


奏は驚くことも傷つくこともなく、私の言葉を静かに受け止めていた。

その後に瞳を伏せ、わずかに微笑む。


「俺の方から言わなければと思ってたのに、先を越された。綾は強いね。尊敬するよ」

「強くなったんだよ。冷たかった奏に鍛えられて。そっか……奏も別れようと思ってたんだ」

「うん。綾の考えている理由とは違うけど」


奏が私の手を取る。

私の手の感触を記憶しようとするかのようにゆっくりと撫でてから、「小さな手」と言ってぎゅっと握りしめた。


「俺の前に続く道は、厳しいものだと分かっている。いや、道には見えないほどの荒野なんだ。

そこを歩く俺に、ついてきてとは言えない。待っていてとも言えない。
絶対に成功してみせると思っていても、それまでどれくらいの時間が必要なのかは見当もつかない。

そんな俺の未来に、綾を巻き込みたくないんだ」