四階の音楽室のドアを開けて中に入ると、普通の教室とは違う独特の香りに包まれる。

ここは吹奏楽部の活動場所。

梨奈達が奏でてきた青春のハーモニーの香りがする……とは、恥ずかしくて言えないけれど。


コートを脱いで、前列の机の上に置いた。

奏はグランドピアノの椅子に座り、鍵盤の蓋を開けている。

隣に立ち「月の光を弾いて」とリクエストすると、「綾はそればかり」と笑われた。

でも、ちゃんと聴かせてくれる。

キラキラと輝く夢に溢れた音で……。


五歳の夏の出会いのシーンを思い浮かべながら、うっとりと聴き惚れた。

最後の一音が音楽室の空気に溶けてなくなると、奏は苦笑いした。


「ごめん、やっぱり完璧には弾けないな。
鳴らせない音をごまかしてしまった」


「ううん、完璧だったよ。私の好みのど真ん中で気持ちよかった。
今の演奏、しっかり耳に焼きつけたから。離れても、いつでも思い出して聴けるように……」


真顔で見つめ合い、黙り込む。

数秒後、先に口を開いたのは私で、無理やり笑顔を作って、家で何度もシミュレーションした別れの言葉を口にした。