この道をまっすぐ進めば、バス停のある大きな市道に出る。
それなのに奏はなぜか道を外れ、私の腕を引っ張って木立の中へ分け入った。
「奏、どうしたの?
バス停はあっちだよ?」
不思議に思う私の体に腕が回され、抱きしめられた。
驚いた私の手からバッグがどさりと落ちる。
「不思議だ……。さっき『月の光』を弾いている間に、なにかが大きく変わった気がして……。
まるで、生まれ変わったような気持ちがするんだ」
耳元で囁くように言われ、たちまち速度を上げる鼓動を感じながら「生まれ変わったって、どんなふうに?」と聞いてみた。
「ピアノが弾きたくてたまらない。
それと、綾にキスしたくてたまらない」
「えっ⁉︎」
「綾との想い出を取り戻したよ。
あの頃から俺は、君が好きだったという気持ちも」
扉から出ていった五歳のときの想い出は、迷子にならずにちゃんと奏の心に戻ってくれた。
それは、白い世界に行ってきた私には分かっていた事実だけど、私のことを好きだったのは知らなかった……。
嬉しい驚きと共に胸が熱くなり、涙ぐむ。
奏の肩に目を押し当て、私も腕を回して抱きしめながら聞いてみた。
「奏の初恋の相手って、私なの?」
「うん。でも今はあの頃より、もっと強烈に好き」