右手にハンデのあるピアニストや、左手の強化のために書かれた楽譜が存在感するのは知っている。
ラヴェルやシュトラウスなどの有名な作曲家も書いてるし、両手用の曲を左手用に編曲された楽譜もある。
でも全体から見れば、ごく一部だ。
弾ける曲は限られるし、職業として食べていけるほどに活躍している左手だけの演奏家は……いるのかどうか、私には分からない。
なるべく楽観的に考えろという意味で、日野村先生は言ってくれたのだろうけど、私が不安になってしまった。
右手の薬指の不自由を抱えて、本当に奏はやっていけるのかと。
すると、これまでとは逆に、奏が私を励ました。
「綾、俺を信じて。弾ける曲がどれくらいあるのか、調べてみようと思う。
働きながら良質な音楽を吸収して、自分の力に変える努力をしてみる」
「奏……」
「作曲の勉強もしてみたい。弾ける曲が少ないのなら、自分で作ればいいんだよ。
そうやって足掻く先に、いつか……夢が叶う日が来ると信じて」
森の中の遊歩道のような舗装道路の入口にきたところで、日野村先生とはお別れ。
日野村先生は「頑張れよ」と奏の背中を叩いて激励し、引き返していった。


