「無理して付き合ってくれなくてもいいよ。
私が奏に求めているのは、そういうのじゃないし……」


本当は、できればそういう恋も欲しいけど、私達の想いにはかなりの温度差があると分かっているから、そんなふうに言った。

奏は壁から背を離すと、半歩前に出て、私をそっと抱き寄せた。


「俺、自分の気持ちが見えないんだ。
まるで心が、半透明な布に包まれているかのように」


それは、心の一部を閉じ込めているせいだよ。

苦しみも悲しみも奏の中にある大切な感情なのに、そこから逃げて、扉の中にしまいこんだせいだよ。

そんなことを言っても、今の奏には伝わらないのだろうけど……。


「綾に対する気持ちも、分からない。
大切だったはずの想い出も、今は思い出せない。
あの日までは覚えていたはずなのに、どうしてだろう。写真を捨ててしまったせいかな……」


その通りだよ、奏。

私は扉の中で見てきたから分かる。

夕日を浴びる病室で、奏はあの写真を破いて捨てた。

あのときに大切な想い出は切り離された。


『さよなら、綾……』


耳に奏の声が蘇る。

私だけが覚えているのって、寂しいな……。