奏 〜Fantasia for piano〜


「なにを言ってるのか、さっぱり分からないな」


「うん、分からないよね。私もあの不思議な世界のことはよく分からない。

でも、これだけは分かる。奏はあそこにいたらダメになる。だから私が出してあげたい。どうやったらいいのか分からないけど。

私も五歳の頃、あの世界に扉を持っていたんだって。出してくれたのは奏だよ。今度は私が……」


奏はじっと私を見つめてなにかを考えているようだが、やがて理解するのを諦めたように溜息をついた。

冷たいコンクリートの床から身を起こし、立ち上がって、私に手を差し伸べる。


「行こうか」

「どこに?」

「模擬店を回りたいんでしょ?
行くのをやめるんなら、別にーー」


「行く!」と慌てて答え、差し出された右手に掴まると、力強く引っ張り立ち上がらせてくれた。

一緒に文化祭を楽しむ気になってくれたのかと嬉しくなり、「まずは食べ物系!」とポケットから案内図を出して広げた。

「なに食べたい?」と聞くと、「クロックムッシュ」と、私には未知の料理名を告げられた。


「そんなのないよ。ホットドッグか、たこ焼きか焼きそば、他はうちのクラスのカフェくらい。
あ、二年五組で和風カフェやってる! 白玉と抹茶アイス食べたい。いちご大福もあるかな?」


「綾、そんなに食べたら太るよ。
さっき乗っかられたとき、重かった」


「ひどい! あれは、勢いよく乗っかっちゃったから……って、奏が引っ張ったせいじゃない、もうっ!」


寂しい屋上を並んで後にする。

私がはしゃいでも、むくれても、奏はクールで涼しい顔。

でも口の端がほんの少しだけ上向きに修正された気がして……私は心の中でこっそりと喜んでいた。