右腕を抱え、痛みに呻く奏を目の前に、私はショックのあまり呆然としてしまう。
ピアニストの腕を狙うなんて……どうしてこんなひどいことを……。
景色がまたグニャリと歪んだ。
ピアノの黒と鍵盤の白、広がる血の赤が、悪魔に掻き混ぜられたように混沌と渦を巻く。
なんとも言えぬ視界の気持ち悪さにめまいがして、体が揺れた。
トンと肩がなにかにぶつかったと思ったら、それは新たに出現した扉で、救いを求めるようにドアノブを引くと、たちまち別のシーンへ飛ばされた。
ここは……病院みたい。
忙しそうに歩く看護師も、手すりに掴まり歩く入院患者も、廊下を行き交う人はみんなフランス語を話している。
さっきの凄惨な事件の影響で、まだショックの中にいるけれど、深呼吸をしてなんとか気持ちを立て直し、奏はどこだろうと探した。
すると耳に日本語が聞こえてくる。
「これが着替えで、こっちがリンゴね」
「リンゴはいらないよ」
「夜中にお腹が空いたら食べればいいじゃない」
その会話はすぐ横の病室からで、私はためらわずにドアをすり抜け中に入った。
ふたり部屋のようだが、ベッドのひとつは空。
奏は窓際のベッドに座り、日本人の中年女性と話している。
お母さんだろうか?
どことなく似ている。
五歳の頃、奏のおばあちゃんにならお世話になったけど、お母さんを見るのは初めてだ。


