奏だ。
五歳の彼ではなく、成長して身長は私と同じくらい。
でも顔つきはまだまだ子供で、中学生くらいに見える。
ここは見知らぬ街の中で、道路標識や店の看板には読めない文字が並んでいた。
行き交う人々も、アジア系の顔つきではなく、白人が圧倒的に多い。
辺りを見回して、ここはきっと奏が留学していたフランスのどこかの街なのだろうと推測する。
納得した後、帰り道の分からない私は、慌てて奏の後を追いかけた。
石畳の橋を渡り、川沿いのお洒落でレトロなアパートの連なる道を、早足で歩く彼。
試しに「奏!」と呼んでみたけど反応はなく、その背に手を伸ばしても、すり抜けるだけで触れることはできない。
ここは奏の心の世界で、異物の私はまるで幽霊だ。
やがてアパート群が途切れ、こんもりと木が茂る中の、近代的な五階建てのビルの前に着く。
門の内側に奏は入って行き、彼よりも少し年上に見える若者たちも大勢、門をくぐってエントランスに向かっていた。
よく見ると、楽器ケースを携えている人も多く、どうやらここが奏の通っていた音楽学校みたい。


