幼い奏と私の姿もない……と思ったら、私の体を通り抜けて、後ろからふたりが入ってきた。
「楽しかったねー」と私が話しかけていて、奏は少々日焼けした顔で「うん!」と元気な返事をしている。
この場面は、奏と出会って二週間ほど過ぎた頃だと思う。
すっかり仲良くなった私達は、朝から晩まで一緒に遊んでいた。
このシーンは多分、外で虫とりしてからピアノを弾いてとねだって、この部屋に戻ってきたところだろう。
奏がピアノの椅子に座り、「綾、なに弾いてほしい?」と笑顔を向けている。
幼い私も笑顔で「月の光!」とリクエスト。
すると奏が口を尖らせる。
「えー、綾はそればっかり。別の曲にしてよ」
確かに奏がうんざりするほどに、月の光ばかりリクエストしていた。
それは他の曲名を覚えられないという理由でもあり、迷子から抜け出してホッとしたときに聴いた曲だから、私にとって特別だという理由でもある。
別の曲にしてと言われて、幼い私は少し考えてから、昨日初めて弾いてもらった曲名を口にする。
「うーんとね、ピアノ徒競走」
「徒競走じゃなくて、協奏曲。
ピアノ協奏曲と言っても、色々あるんだけど。
誰の曲?」
「えっと、昨日弾いてくれたやつ。
チョコフレークスキーだったっけ?」
「チャイコフスキーだよ、綾……」


