この場所を訪れるのは、あの幻を見た日以来のことだ。
ただし、今日は表道から入ってきちんと参拝をするつもりだった。

裏の鳥居とは大違いの、大きく立派な鳥居をくぐって境内に入ると、お社へと続く長い石畳の階段の一番下に五條とみちるが並んで座っていた。

「おーい。五條!! 久しぶり」

修が頭上で大きく手を振ると、気がついた五條が立ち上がってこちらに歩いてくる。

何だかんだで、四人揃って顔を合わせるのは卒業以来初めてのことだった。
修はとても嬉しく思っているのだけど、そうでも無さそうなのが約一名‥‥。


「なんで、帰省してまで五條に会わなきゃいけないのよ⁉︎」

「嫌なら長洲が帰んなよ」

長洲は早々に五條に喧嘩をふっかけていた。五條もまた、老若男女誰に対しても紳士的なくせに長洲にだけはやたらと厳しい。

「けど、五條はともかく長洲がS大に合格するほど頭いいなんて俺知らなかったよ」

五條と長洲は難関で知られる東京のS大に進学していた。同じ大学だということは入学式で偶然会うまで互いに知らなかったらしい。

修がぼやくと、五條がまた長洲を挑発するようなことを言う。

「どうせ、あれだろ? ちょっと馬鹿なくらいが男にモテるとか下らないこと考えて手を抜いてたんだろ」

「うるさいっ。はぁー。星の数ほど大学のある東京で、何であんたと同じ大学なのよ〜」

二人はあれこれと怒鳴りあいながら、ずんずんと石段をのぼっていく。
修は隣のみちると顔を見合わせた。

「昔から気が合わないよなぁ‥‥あの二人」

修の台詞にみちるはクスっと楽しそうに笑った。

「鈍いなぁ、修は。 あれは喧嘩するほどってやつでしょ」

「そうかぁ〜⁉︎」

修の目には単純に相性が悪いようにしか見えないのだが‥‥みちるは違う意見のようだ。真相は当の本人達ですらわかっていないのかもしれない。



「ねぇ〜ねぇ〜。 結局さ、裏道の蝶って本当にいたと思う? それとも思い込みの見せた幻?」

修より数段上にいた長洲がくるりとこちらを振り返って尋ねる。

今日久しぶりに四人が顔を揃えたのには理由がある。裏道の蝶に会いにきたのだ。二十歳を過ぎると会えなくなるなんて噂もあったから、全員が10代の間にもう一度。きちんと参拝を済ませてから、裏道に行ってみようという計画だった。


「私は会えなかったけど‥‥でも信じていたいな」

みちるは真っ青な空を仰ぐと、そう強く言い切った。眩しいほどに明るい夏の陽射しにみちるのレモンイエローのワンピースがとてもよく映えて、まるで一枚の絵画のようだ。

みちるはまた、綺麗になった。


「修は? どう思う⁉︎」

五條に聞かれて、修はしばし沈黙した。

あの日見た幻の正体‥‥果たしてあれは何だったのだろう。
今日、自分達はあの鮮やかな蝶に再会することができるのだろうか‥‥。

なんとなく、本当になんとなくだけど、もう二度と姿を見ることは叶わない気がする。だけど、裏道の蝶は確かにそこにいるのだ。

誰の側にも、きっといるのだろう。


「わかんない。わかんないけど、俺はありがとうって言いたい!」

「うん、俺も同じだ」

五條も、みちるも長洲も、笑顔で大きく頷いた。

fin