バスケ部地区大会初戦の朝。

「修っ」

みちるは修が家から出てくるのを1時間も前から見張り続けて、なんとか無事に声をかけることに成功した。

「おぅ、おはよ。休みなのに早いな。
俺は今から試合なんだ」

ジャージ姿でスポーツバッグを肩から下げた修がいつも通りの笑顔を見せた。
昨日はよく眠れたみたいだ。顔色も良く、力がみなぎっているように見える。
みちるはほっと安堵すると、後ろに隠していた巾着袋を差し出した。

「今日、試合なの知ってるよ。 だから、あの‥‥これ、あげるっ。御守りとお弁当」

数日前に神社で手に入れた必勝と書かれた赤い御守りと試行錯誤の末に完成したお弁当だ。
修はポカンと口を開けたまま固まった。
なにも言ってくれない。

あれ?なにか間違えただろうか。
みちるは急に不安になった。

「あっ。えっと、いらなかったかな?
そっか、佳子先生のお弁当あるよね!
ごめん。そしたらこれは自分で食べるから。気にしないで」

泣き出しそうになる気持ちを必死に隠して、修の手からひったくるように巾着袋を奪い返す。

「わ〜〜。 違うって。待って、待って。
嬉しいよ。めっちゃ嬉しくて、なんかフリーズしちゃった」

修も慌てて巾着袋を取り返した。

「ほんとに?」

「うん。すげー嬉しい。ありがとう。
だけど‥‥」

「だけど?」

「こんなことされたら、期待しちゃう。
あんまし、俺を調子に乗らせないで」

言いながら、修の顔は真っ赤に染まった。

「期待していいよ。きっと応えられると思うから。ずっとずっと、調子に乗ってて」

修に負けないくらい、みちるの顔も赤く色づいた。修は見たことないくらいに嬉しそうな顔で笑った。

「あのさ、みちる。もし、地区大会の決勝まで進めたら応援に来てくれない?」

夏の大会は地区大会、県大会、インターハイと駒を進めていくらしい。修達の目標は県大会ベスト8まで勝ち進むこと。

「うん、わかった! 地区大会の決勝は応援に行く。約束ね」

みちるは笑顔で手を振って、修を送り出した。


その年、霧里中央高校バスケ部は史上初のインターハイ出場を果たした。

なんて‥‥ね、青春映画ならきっとこんな最高のエンディングを迎えるんだろう。だけど現実はそんなに綺麗には終われない。喜びと悔しさと達成感と後悔がぐちゃぐちゃに混ざり合って‥‥。

修達は見事に地区大会を突破して県大会に進むことが出来た。修も頑張ったけど、太田君の活躍がやっぱり大きかったみたいだ。だけど気合十分で挑んだ県大会は初戦敗退。それもラスト1分で逆転負けをしてしまった。

だけど、だけどね。地区大会優勝が決まった時の部員みんなの笑顔、沙耶ちゃんの嬉し涙。県大会で逆転された時に地団駄を踏んで悔しがっていた顧問の先生の背中。ブザーが鳴った瞬間、ぎゅっと唇を噛んで涙を堪えていた修の姿。

すべての瞬間が、みちるの目にはキラキラと輝いて見えた。きっといつまでも色褪せることはないだろう。

あの輪の中に自分も入ってみたい。
大学に入学したら絶対に部活やサークルに入ろう。
みちるは密かにそう決意していた。


中原みちるの物語 fin