甘く、切なく、透明な

 恋愛が、世界の色を塗り替えるものならば、沙耶子の世界の色は奥島と出会った時から変わっていなかった。今もこの東京に彼は存在して、それと同じに沙耶子も存在する。その事実だけで、彼女の世界は色を変えることがなかった。

 その日、奥島と別れた後、沙耶子と徹は二駅離れたホテルで落ち合った。

 正樹さんのことが好きなんだと思ってた。

 無粋なことを言う徹のくちびるを沙耶子は塞いで、それから窓のカーテンも閉めずに徹の熱い情熱に押し倒された。

 沙耶子が処女だと知った徹は薄気味悪く笑って、執拗に彼女を苛んだ。そして翌朝、沙耶子を駅まで送ると、またここで会おうと、ぞっとする声で囁いた。無論、彼女にその気があろうはずもなかった。

 奥島はすぐにこの裏切りを知ったはずだった。

「僕のことを好きと言ってくれたのに、どうして」

 涙の痕が浮かぶようなメールを、沙耶子は冷たく凍った心で見つめた。答えは分かっているでしょう? それとももう糸が切れてしまったら、分からなくなってしまった? 私と、あなたを繋ぐ、光弾く糸。

 沙耶子は心をかきむしるように爪を立て、体を折って苦しんだ。涙までもが冷たかった。

 その後、沙耶子はお気に入りに登録していたフィルムズの掲示板のアドレスを消し、それから自分のホームページも消した。繋ぐものはすべて無くなってしまえばいいと思った。携帯のメールも、電話番号も、何もかも無くなってしまえば切れてしまうもの。

 それが、奥島と沙耶子を繋いでいたものなのだと、そう思い込んだ。けれど反対に、沙耶子のした行為が奥島の傷となり、永遠に乾かなければいい、そんなことも思った。

 恋なんてもうしないだろうと思った。だから、立ち直ることなど、しようともしなかった。