俺は思わず腰を抜かした。
「実は初めてなのでしたーてへっ♪」
「なーにが、『てへっ♪』だよ! なんで言わなかったんだよ!」
「だって、言っちゃったら、聡くん、お弁当絶対食べなかったでしょ?」
ま、まあ確かにそうかもしれないが、だからと言って、出会って日の浅い奴に自分のファーストキスを渡すかね。
「まあ、別にこれはカウントしないでいいかなって。だって、本当のキスは、好き同士で口と口をくっつけるやつだもん。だから、聡くんもカウントしないこと! いい?」
「ああ。」
ここまではっきり言われると、何だか悲しくなるのはなぜだろうか。まあでもいい。祭は気にしてないようだし、思ったよりもちゃんとしている。
ただ、やはり俺としては可愛い祭との間接キスを意識するなと言われても、意識しないわけにはいかない。ほら、そんなことを考えている今でも、無意識のうちに目線は祭の唇だ。
「じゃあ、今日はここで解散しますかー!」
祭は背中を向けて、歩き出した。羽織っている紺色のカーディガンに長く黒い髪がかかっている後ろ姿は、どこか美しく、弱々しくもあった。
俺がじっと見ていたことで、視線を感じたのか、祭がふと振り返った。
「あ、それから、点滴台。トイレに忘れてるよ?」
「あ、やべ!」
俺は男子トイレに踵を返した。
「ついでに、ゴミの処理もよろしくねー!」
俺が振り返った時には、祭は両手を広げて、逃げるように廊下を走っているところだった。
やられた。