「あの頃もーーー、」
「ん?」
カウンターに立ったまま彼が言う。
「あの頃もよくそれ飲んでた。」
「ああ…、そうだったかな。」
また沈黙。
「灰皿いる?」
「ううん、いい。」
「やめたの?」
「うん、まぁ。」
煙草はあの時以来、吸っていない。
元よりそれほど好きでもなかったし。
ただ、大人ぶっていただけなのかも。
それ以上、何を話せばいいのかも分からなくてただ、マティーニにまた口を付ける。
あれから、
彼に別れを告げたあの日から、
何もかも忘れて仕事に没頭した。
私が私らしくある為に、
嫉妬で狂う醜い女にならないように、
あの日、私は私の心を解放したのに、
なのに、
なのに、
何をしていても、
どこにいても、
彼を、探す自分がいる。
彼の面影を探してはーー
いないんだ、どこにもいない、と言う現実を突きつけられ、絶望する。
自分の心が全く彼に向けられたままだって事に…。
やっぱり、帰ろう。
いつまでもいたんじゃまた心が揺れる。
「ごめんなさい、やっぱり、私、帰りーーーきゃっ」
急いでスツールから立ち上がろうとして、バランスを崩した。
咄嗟に彼の手が伸びて私の腕を掴んでくれる。
「大丈夫?」
「ええ…、ありがとう。私、そろそろ帰るわ。」
「少し、話しても?」
そう言って掴んでいた腕を彼がスッと離すとその箇所に熱が集まっていた事を急速に感じる。
返事の代わりに私はもう一度、スツールに座り直した。
今度は慎重に。



