「社長と、」

篠宮さん、と言おうとした私の声は低くよく響く声にかき消された。

「秋彦悪い。俺、行くわ」

「はーい。じゃあな、慶太」

「え、わ!」

焦る私の前で、篠宮さんが更に続けた。

「高広。悪い」

言うなり私の腕を掴んだまま、篠宮さんは大股で歩き出した。

一瞬だけ高広の驚いた顔が見えたけど、高広は社長に肩を抱かれて何処かに連れ去られそうになっていた。

「ちょっと篠宮さん、待って。転んじゃう」

人並みを縫うようにしながら私を引っ張る篠宮さんに必死でそう言うと、彼はピタリと足を止めて私を見下ろした。

「…………」

「なんですか」

「話は後。タクシー拾うから取り敢えず俺の家に来て」

言いながら苛立たしげにネクタイの結び目に指を入れて、篠宮さんはそれを緩めた。

「……もしかして……怒ってます?」

「怒ってる」

一言だけそう言うと、篠宮さんは男らしい口元を引き結んだ。

それって……私が佐伯さんを泣かしちゃったからとか?

……どうしよう。

私はタクシーに乗せられると、なんと言い訳するのが一番いいかを必死で考えた。

酔いも覚める程、焦っていた。