あ……。

その時、偶然にも篠宮さんの背中が見えて、私はフワリと身体が浮くような感覚がした。

少し遠かったけど、街灯が明るかったから篠宮さんだとすぐに分かった。

嬉しくて、私は早足で近づくと彼に声をかけた。

「こんばんは」

「……!」

今まで他人に声をかけて、こんなに後悔した日はない。

私は、篠宮さんの背中に回る華奢な腕を見落としていたのだ。

彼のライトベージュのコートに回る、佐伯さんの腕を。

ドキンと強く心臓が脈打ち、全身が凍りついたように冷たくなって、私はその場に立ち尽くした。

私を見つけた佐伯さんの眼に、たちまち敵意という名の光が浮かび上がる。

「何しに来たのよ」

「麻耶」

麻耶!

心臓をグシャリと握り潰されたらこんな痛みなんだろうか。

篠宮さんの口から、佐伯さんの下の名前が自然に出た事による衝撃。

麻耶……。

呆然とする私の前で、篠宮さんが佐伯さんの腕を掴んだ。