重い足取りでスターメソッド本社の駐車場へ向かった私は、
自家用車へ乗り込む前に母に電話をする。
それはある決心をした結果でもあった。
私の居場所が何処にあり、どちらへ向かって歩いていくのか、
自問自答しながらシャッターを切った京都での撮影。
ファインダー越しから覗く景色を見ている中で、
私は迷いが薄れていくのを感じた。
大地を吹き抜ける北風を横顔に受けながら母に連絡を取った私。
唐突なお願いであったにも関わらず、
母は快く私を受け入れてくれたのだ。
星光 「お母さん、今夜からお世話になります」
美砂子『そう。
お部屋は星光がいつ来てもいいように用意してたの。
お父さんもきっと喜ぶわ』
星光 「お母さん、ありがとう。
私も、お父さんと会えるのを楽しみにしていたから嬉しい」
美砂子『そう。ご飯は?うちで食べる?』
星光 「いえ、食事は済ませたから大丈夫。
それからお母さん、この前お願いしていた件、
私決めたから、宜しくお願いします」
美砂子『本当にいいの?一応先方に話は通してるけど』
星光 「うん」
美砂子『北斗さんには今回のことは話したの?』
星光 「ううん。言うと彼を困らせるだけだから」
美砂子『困らせる?そうかしらね』
星光 「えっ」
美砂子『もしかして、話したら嫌われるなんて思ってない?
こんなことも自分で決められないのかって」
星光 「それは……」
美砂子『自分がこの人だと決めている女性から、
相談を受けたり身の上話をされて困る男性はいないと思うけど』
星光 「そうかな……」
美砂子『私なんて貴女のお父さんにこれまでいろんなことを話したわよ。
愚痴も泣き言もね。
濱生で嫌な思いをした時、個人病院から総合病院へ転職する時、
結婚してからもそう、貴女を風馬くんの両親に預ける時にもね。
貴女のお父さんはまったく嫌な顔を見せず、
「うん、うん」って話を聞いてくれたわ。
そしてそれに対して、
一度も恩着せがましく言ったこともなかった。
むしろ、「僕を頼ってくれてありがとう」なんて言われたくらい。
だからきっと、北斗さんもそうだと思うけど?』
星光 「お母さん、ありがとう。詳しくは行ってからお話しするね」
美砂子『ええ。気をつけてくるのよ』
星光 「うん」
私の行く道の先にあるビジョンが、少しずつだけど鮮明に見えてきた。
それを教えてくれたのは、カメラを持たせてくれた東さんであり、
新たな世界へと導いてくれた北斗さんだ。
私は、東さんから貰ったコンパクトデジカメをしっかりと握りしめ、
新たな自分の居場所へとアクセルを踏んだのだった。
12月24日の夜。
勝浦の現場へ戻った東さんは二階へ上がり、
北斗さんの部屋の前で立ち止まる。
ドアの前で手に持った袋を一時の間見つめていたけれど、
微笑みながらドアをノックした。
(勝浦別荘2階、七星の部屋)
七星「はい」
東 「七星、僕だ。ちょっといいか」
七星「ああ。どうぞ」
東さんがドアを開けて中に入ると、
北斗さんは灯りをおとした部屋で編集作業をしていて、
デスクトップパソコンに向かっていた。
しかし向きを変え立ち上がると、
照明をつけて視線を東さんに向ける。
七星「光世、なんだ。こんな時間に」
東 「実はお前に頼みたい仕事があるんだが」
七星「ん?頼みたい仕事?」
東 「このデータのチェックを頼む」
七星「これ、今回の撮影に関するデータか?」
東 「いや、まったく別件だ。
どうしてもお前に頼みたくてね。
ものになりそうならレタッチして製本まで任せたい。
どう作るか、どう使うかの判断は全てお前が決めてくれ」
七星「えっ!僕が作品を作るのか」
東 「ああ。まぁ、中身を見てくれ」
七星 「ふむ……
これを撮ったのは誰なんだ。うちの人間か?」
東 「ああ。まだ駆け出しで、ずぶの素人同然だけどな。
それに、画像も使い物になるかどうかは分からないけど、
やる気だけは人一倍あって、僕たちに負けてないと思う」
七星「なんだそれ(笑)
そういう新人を育てるのはお前のほうが得意だろう」
東 「そうだが、これだけはお前に頼みたいんだ。
急がないから、ここの仕事の合間でやってくれればいい」
七星「ああ。わかった」
手渡されたSDカードをスロットに差し込むと、
北斗さんはデータを開いて何百枚もある画像を、
一枚一枚食い入るように見ている。
東さんは真剣な彼の姿を確認すると、
視線をパソコンの画像に移した。
東 「静かだな。
皆、休みを取って帰宅したから当たり前だけど」
七星「しかし野郎二人で、
クリスマスイヴにこんなところで仕事してるなんてな」
東 「まぁ、僕はそのほうが気が楽だが」
七星「あぁ……すまない。想い出させたな」
東 「いいさ。もう慣れてる。
そんなに寂しいならクリスマスケーキでも買ってくるぞ?」
七星「やめてくれ(笑)
僕たちには今の方がクリスマスらしい」
東 「だな(笑)」
七星「んっ……これは海か?
いや、違うな。
これ、どこで撮ったんだ」
東 「京都で撮影したんだ。それは琵琶湖だよ」
七星「京都。この間、陽立が行ってただろ」
東 「その画像を見てると琵琶湖には見えないだろ?」
七星「ああ。しかし、この景色。
どこかに似てるんだが……」
北斗さんはその写真が何処に似ているのか、
思い当たる場所の記憶をたどりながらまじまじと見ている。
そして、ある画像にたどり着くと、
何かを想い出したのかマウスを止めた。
東 「七星、気がつかないか?誰が撮影したか」
七星「……」
東 「このフレーミングを見て、
お前なら何か感じるものがあるだろう」
七星「これって、まさか」
東 「そうだ」
七星「彼女は今、京都に居るのか!」
東 「今は吉祥寺の両親のところに居るはずだ。
七星「古賀さんと一緒なのか」
東 「ああ。だから安心しろ。
本当はお前に居場所を言わないでほしいと彼女から言われてる」
七星「えっ(驚)何故……」
東 「すべてお前の為だよ。
この仕事を無事に終わらせてほしいっていう彼女の願いだ。
まぁ、そんなことをいちいち僕が言わなくても、
お前になら分かるだろう。
どうして彼女が黙ってここを去っていったか。
どんな想いでこれを撮り、何を望んでいるか」
七星「(何を、望んでいるか……)」
東 「そういうことだから、お前にしかこの画像は頼めないんだ。
いい作品に仕上げてやってくれ。
彼女のメッセージ、しっかり伝えたからな」
七星「光世……」
突然の依頼に驚く北斗さんへ私の撮影した画像を託した東さん。
彼の微笑みとさりげな心遣いは、
北斗さんには痛いほど伝わっていた。
私の撮った拙い写真を凝視ししている北斗さん。
彼の観察眼と経験、過去の思い出、
そしてふたりが過ごした時間、
この写真から私の真意を汲み取れたのか穏やかな笑みを浮かべた。
私が行く道の先を決めた頃、北斗さんも何かに気づき、
自身の進むべき道がはっきりと見え始めたのだった。
七星「星光……
君が僕に言いたかったこと、ちゃんと伝わったよ」
(続く)
この物語はフィクションです。