神道社長の命令で、カレンさんと二人京都へ行くことになった私。
しかも、二週間も同じ部屋で寝泊まりし食事も一緒に摂る。
そしてやったことのない撮影補助まですることになって、
苦手だった彼女と常に行動を共にするのだ。
勝浦の別荘で見た、北斗さんとカレンさんのキス事件や大荒れの撮影シーン。
雑誌のゴシップ、彼女から罵倒され浴びせられた言葉一語一句までも、
カレンさんの横顔をみているだけで蘇ってくる。
もしかしたら、北斗さんや流星さんたちの目が行き届かなくなった今、
ここぞとばかりに仕返しをされるかもしれない。
そんなことを思うと、猛獣の檻に入れられた羊のような心持でもあった。
しかしそんな彼女に怯えながらも、
きっとカレンさんにも良心はあると信じたい思いも、
微かに抱えていたのだ。




翌日の夕方5時、東京から新幹線に乗って京都まで2時間20分。
時折、車窓の流れる景色を眺めながら、
東さんから渡された撮影に関するテキストを読んでいた。
京都駅へ到着すると、タクシーで10分の位置にある旅館に到着する。
チェックインを済ませた私たちは、予約されていた和室へ通され、
大きな荷物を下ろすと深い溜息をついた。
広く開放的な露天風呂で旅の疲れを癒し、部屋に戻ると食事をする。
東京駅で切符を渡した時に少し話をしてから今まで、
カレンさんが私に声をかけることはなく、今も黙々とご飯を食べていた。
このままでいたら、
窒息してしまうかもと思うほどの重苦しさを感じたと同時に、
東京へ帰るまでに、
少しでも彼女との距離を縮めなければという焦りもくる。
彼女が湯呑を口に運んだ時、私は意を決して話しかけてみた。
しかしそれはかえって逆効果で、
“平地に波瀾を起こす”ような空気になってしまったのだ…



(京都のとある旅館、藤の間)

星光 「カレンさん」
カレン「何?」
星光 「あの……カレンさんは、私のこと嫌いですか?」
カレン「えっ」
星光 「あの夜、勝浦で私に言った言葉で、そう感じたので」
カレン「そうね。嫌いだわ。
   みんなそうだと思うけど、恋敵を好きになると思う?」
星光 「そう、ですよね」
カレン「それに、何故この私が貴女と同室で、
   二週間も寝泊りしなきゃいけないんだか。
   これってある意味、新種の拷問よね。
   監獄の中にいるみたいだわ」
星光 「あぁ……
   (彼女も同じことを思ってるんだ)」
カレン「神道社長はどういうつもりでこんなことさせるんだか」
星光 「(それは私のセリフよ。
   まるで猛獣の檻に入れられてるみたい。
   いつ首根っこにガブッと食いつかれるかってほどの恐怖よ)」
カレン「私にそんな当たり前のことを聞きたくて話しかけたわけ?」
星光 「いえ。えっと。
   では。カレンさんは、
   本当に七星さんのことを愛していますか?」
カレン「は?それも愚問だわ。当たり前でしょ?
   だからこんな風に貴女とバトルしてるんじゃないの」
星光 「バトルなんて。
   私はカレンさんと闘う気持ちはまったくないですよ」
カレン「でも、カズを好きだっていう時点で必然的にそうなるの。
   はぁー!貴女って、
   お人よしなんだか、ただのおバカなんだか。
   これだったらまだ、
   奥園若葉のほうが闘っててスリリングで面白かったわ」
星光 「奥園、若葉さんって?」
カレン「カズの元カノ。元婚約者よ」
星光 「元、婚約者……」
カレン「そう。そんなこともカズから聞いてなかったの?
   まぁ、貴女よりも彼女の方が根性があったわ。
   さすがうちでトップモデルやってただけあるけど」
星光 「(七星さんの婚約者は、トップモデルだった……)」
カレン「私にカズを取られまいと、
   本気で競り合ってたからね、あの子。
   でも結局、私たちに嫉妬してカズを捨てて去っていったけど」
星光 「えっ。
   (カレンさんは若葉さんに何をしたの……)
   カレンさん。七星さんを愛しているなら、
   何故七星さんが苦しむようなことをするんですか?」
カレン「何言ってるの、貴女……」
星光 「婚約者の若葉さんを困らせれば、結果苦しむのは彼ですよ。
   それに若葉さんを辛くすればするほど、
   彼は若葉さんを大切に感じて、
   もっと心は彼女へ向かうって思うんです。
   撮影の時だってそうです。
   七星さんの前で、根岸さんと仲良くしていたら誤解されます。
   やきもちを妬かせて、彼が自分のことをどう思ってるかって、
   好きかどうか気持ちを知ることはできるかもしれないけど、
   誤解されて嫌われる可能性だってあるかもしれない。
   それって、もっと自分自身を追い詰めて、
   苦しくなるだけじゃないですか」
カレン「貴女、何が言いたいの。
   恋敵の私に恋のアドバイスしてるつもり?
   それとも、自分がカズに近い存在だと思ってるから、
   優越感で私にそんなお説教じみたこと言ってるわけ?」
星光 「い、いえ。私はただ一般論を……」
カレン「呆れたわ。
   それにアドバイスなんて大きなお世話。
   それこそ、そんなだから貴女はカズをものにできないの。
   若葉は、カズを真剣に愛してなかったのよ。
   婚約者なんて口先だけで、カズに何も告げず逃げ出した。
   うちの社員の間じゃ、
   子供ができたから婚約したなんて噂もでてたけど、
   結果的に彼を傷つけたのは若葉なんだから」
星光 「(子供!?七星さんとの子供……)」
カレン「私からすれば、敗者になった女だから関係ないけど。
   でも貴女とのことはまた別の問題よ。
   私はね、カズにずっと正当なことを言ってきたわ。
   貴女みたいなド素人を、
   うちの会社に入社させるなんて無謀だってね。
   なのに私的感情を優先したばかりにこんな大騒ぎになった。
   だから濱生さん、貴女には多大な責任があるのよ。
   一般女性の貴女が、
   私たちの世界に興味なんか持って足を踏み入れるから、
   バカな男どもはちやほやして、
   自分たちの役目すら忘れてしまったの」
星光 「私、カメラマンの世界に入りたいと思ったわけではありません」
カレン「そう。だったらカズだけに興味があったってことよね。
   それなら尚のこと、身の程知らずだわ。
   私とカズはスターメソッドで働いてからずっとかけがえない仲間。
   闘う同志でもあったし、
   辛い時も嬉しい時もいつも分かち合ってきたの。
   ほんの最近知り合った貴女に、
   私たちのことをとやかく言ってほしくないわね。
   カズを利用したかっただけの貴女の方が、奥園若葉より質が悪い」
星光 「私はそんな気持ちで七星さんにお話ししたんじゃ……   
   (少し話しただけでもこの攻撃。
   こんな状態で改心させるなんて、99.9999…%無理。
   しかも、元カノ奥園若葉さんの妊娠疑惑まで聞かされて、
   傷口に塩を塗りこまれたような痛みのダブルパンチ。
   無謀な試みだと言い渡されたみたいよ)」
カレン「貴女、そんな至らないこと言ってる場合じゃないわ。
   明日早朝から早速撮影に入るのよ。
   京都まで二人して観光旅行に来たんじゃない。分かってる?
   この仕事は私がスターメソッドに生き残れるか、
   再起がかかってる重要な仕事なの。
   私の足引っ張らないように、
   テキストの隅から隅まで把握しといてよね。
   専門用語はもちろん、
   私が言った機材やレンズ一本でもすぐ取り出せるくらいに」
星光 「は、はい」
カレン「私はね、カズや東さんとは違って甘くないわよ。
   何も知らないからなんて言い訳は言わせない。
   容赦しないからね」
星光 「は、はい。わかりました。
   (そんなこと、ここへカレンさんと来ると分かった時から、
   百も承知よね。ねぇ、星光)」
カレン「もう!くだらない話なんてしてるから、
   せっかくの料理が冷めちゃったじゃない。
   さっさと食べて休むわよ!」
星光 「は、はい…(はぁ。完全ノックアウトだ)」
   
話を切り出してからたった30分足らずで、
私はカレンさんの容赦ない言葉の連打でまたもリング上に沈められた。
それから私はまた、味気ない空気の中で懐石料理を口にしたのだった。

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