(別荘の駐車場、根岸の車中)


私は根岸さんの車の助手席でだらしなく座って、
彼の大きなジャケットに包まっていた。
少しだけ根岸さんに甘えてしまったことを、
夏鈴さんに申し訳ないって思いながら。
門の出入り口にある外灯が、
微かに光っているだけで駐車場は真っ暗。
静まりかえった車内では、私の息遣いだけが聞こえる。
私は目を瞑り、根岸さんが皆から責められ問い詰められて、
辛い気持ちでいるのではないかと心配しながら、
彼が来るのを今か今かと待っていた。
すると、別荘から人の影が見えて、
砂利の地面を踏みしめる音も徐々に大きくなってくる。


星光「根岸さんだ。
  すぐ出てこれたってことは、
  きっと大事には至らなかったのかな」


私は独り言をつぶやきながら、
根岸さんが車に乗り込んでくるのを待っていた。
黒い影が運転席のドアを開けると、ルームランプの明りが点る。
その瞬間、一瞬眩しくて目を瞑ってしまった私。
ゆっくり目を開きながら、
運転席に座ってドアを閉めた根岸さんに声をかけた。
しかし、私の横に座った人物を見ると、
ドキッとして一瞬言葉を失う。


星光「根岸さん。大丈夫、でしたか……七星さん!?」
七星「シートベルト締めて」
星光「は、はい。
  (なんで!?なんで七星さんが来るの!?)」


北斗さんはキーを回しエンジンをかけると、
開いている門から別荘の外へ車を走らせた。
暗い海岸沿いを20分は走っただろうか。
草むらに囲まれた細い道をゆっくり入っていくと、
急に視界が開け、濃紺の大パノラマが広がった。




北斗さんはエンジンを停めて、
シートベルトを外すと私に体を向ける。
戸惑いつつもいろんな考えを巡らせている私。
黙ったままじっと見つめられ、甘く優しい声で名前を呼ばれた瞬間、
心拍数は先ほどよりも大きく跳ね上がり恥ずかしさで顔が引き攣る。


七星「星光ちゃん」
星光「は、はい。あ、あの、私……」
七星「さっき君が言ったとおりだ」
星光「えっ」
七星「僕は君の質問に一切答えてなかった。
  君の目を見ながら本心を語ろうとしてなかった」 
星光「……」
七星「君の知りたいこと、聞きたいことすべて話す。
  だからなんでも聞いてほしい」
星光「えっ。い、いきなり言われても。
  (何から聞けばいいのか)」
七星「今、星光ちゃんがいちばん知りたいこと、不安に思うこと、
  遠慮せずになんでも言ってくれていいよ」
星光「なんでも……
  (私がずっと知りたいこと……それは)」


微かに震える手を自分で押え、不安げに北斗さんを見つめると、
彼の表情には今までの冷たさも困惑も、
先程リビングで見せた弱り果てた様子など微塵も感じない。
戸惑いながらも核心をついた質問を恐る恐る投げかけてみた。


星光「あの。やっぱりカレンさんと結婚するんですか?」
七星「えっ?ふっ(微笑)
  いや。カレンと結婚なんかしないよ」
星光「えっ!でも、あのゴシップ記事や報道は」
七星「あれは全部デマだ。
  本当のことじゃない」
星光「でも、夜の丘でカレンさんと話しててキスまで。
  あっ……」
七星「なんだ。見てたのか(笑)」
星光「は、はい……っていうか、笑い事じゃないです!
  私、すごくショックだったんです。
  カレンさんの口から婚約だの、結婚だの」
七星「えっ」
星光「しかも撮影中だって、
  ずっと七星さんにべったりしてるだけじゃなく、
  人目を忍んで、キ、キスまでして!
  それにカレンさん、
  私に流星さんと仲良くするのは『カズと近づく為かしら!』って言って。
  何を妄想膨らませて勝手なこと言っちゃってくれてんのよ!」
七星「星光ちゃん?」
星光「『貴女にあんな態度を取られると撮影に影響が出るのよ。
  ここで仕事したかったら、大人しく与えられた仕事だけしなさい。
  カズはもちろん、流星や陽立とも馴れ馴れしくしないで。
  わかったわね!』なんていきなり言われるし。
  『なんだか、そうやってエプロンしてモップ持って立ってると、
  学芸会のシンデレラみたいね。まぁ、貴女にガラスの靴なんてないけど』
  なんて言って高笑いしちゃって。
  私が学芸会でやった役は、白雪姫だったって言うの!」
七星「星光ちゃん(笑)」
星光「これでも一応主役だったのよ。
  マヌケそうに見えてたって、
  少しぐらいは演技力だってあるんだから……
  思いっきりへこんじゃって。
  風馬を何度も傷つけちゃうし、
  流星さんからは逃げるなって言われるし。もう……
  私、真剣に悩んで、七星さんのこともう諦めようって!
  んっ……(えっ!)」



突然、北斗さんは私の両腕を掴み、
マシンガントークを止めるようにkissをした。
私の全身に力が無くなると彼は一度私から離れ、
そしてまた、口づけされるかもと思うほど北斗さんの顔が近づいてきて、
彼は私のおでこに自分のおでこを優しくくっつけた。
私は恥ずかしさの余り顔が異常なほど熱くなり、
心臓は今にも破裂するんじゃないかと思うほど、
バクバクと波打って全身がしびれたように力が入らない。
北斗さんは囁くように私に話しかけてきた。


七星「もっと早くにこうしておくべきだった。
  再会した時からずっとこうして寄り添って、
  君の傍に居たかったんだ。僕は」
星光「か、七星さん……」
七星「ふっ(微笑)
  いつから僕のことを『七星さん』って呼ぶようになった?
  ずっと『北斗さん』って呼んでたのに」
星光「あっ(焦)そ、それは流星さんが、
  『七星さん』って呼べば、
  嘘のように距離が縮まるからって、教えてくれたから」
七星「あいつ、たまには良いこと言うな」
星光「あの。これからは『七星さん』って呼んでもいいですか?」
七星「ああ。いいよ」



ふいに伸びてきた北斗さんの手は私の頬に触れ、
私の顎を持ち上げると再び彼の柔らかな唇が近づいてくる。
息と息が触れ合ってふたりの唇が重なった。
彼はぎゅっと私を包むように抱きしめて、
今まで互いに言えずにいた想いの丈を絡まるようなkissで伝える。


星光「七星さん……」
七星「ん?」
星光「あの時、カレンさんともキスしたんですか?」
七星「えっ?このタイミングに聞くかなー」
星光「あーっ。さっきからずっと誤魔化してる」
七星「あのなぁ(笑)誤魔化してないよ。
  今から本当のことを話すから」
星光「はい。七星さんの胸、あったかい……」
  

時折、車のボディに当たる海風の音を熱くなった耳で聞きながら、
北斗さんに髪を何度も優しく撫でられて、私は彼の胸に顔をうずめた。
少し早くなった彼の心臓の鼓動がドクンドクンと耳に伝わって、
まるで子守唄のように心地よくて、
傍に寄り添っているだけで孤独から解放され、大きな安心感に包まれる。
最大級のカルマの嵐がこれからやってくるとも知らずに、
私はどっぷり北斗さんの優しさに甘えていたのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。