風馬「星光。やっぱ俺、お前が好きだわ」
星光「風馬」


持っていたモップが力を無くした手から放れ、
カタンと音をたてて倒れる。
私はゆっくり彼の腰に手を回した。
風馬の唇と私の唇がもうすぐで触れ合うというところで、
私は風馬の洋服を掴んでギュッと力を込めた。


星光「(七星さん……)」


目を瞑って風馬のキスを受けようとしていた私だったのに、
心の中で思わず叫んだ言葉は北斗さんの名前。
その時、呆れかえったような風馬の声がした。


風馬「今、お前の頭に浮かんでるの俺じゃないよな」
星光「あっ」
風馬「星光は今も俺を見てないよな」
星光「……」
風馬「どうしてそうやって無抵抗で居ながら、
   頭の中で他の男のこと考えてんだよ」
星光「そ、それは」
風馬「俺のこと好きでもないのに、
  どうしてそうやってじっとしてられるんだよ」
星光「私……」
風馬「あーあ。しらけたからキスなんてやめた。
   俺もバカだよな。
   星光にとって、
   俺は寂しさを紛らわすだけの存在でしかないのにな」
星光「風馬……本当に、ごめんなさい!」


私は今の辛さから逃れたくて、孤独から救われたくて、
ほんの瞬間でも風馬に頼ろうとしている。
そんな我儘で身勝手な自分が許せなかった。
そしてまたも風馬の心を傷つけてしまったことに罪悪感を感じて、
その場に居られなくなった私は、
彼から逃げるように裏口から別荘の中へ走って入っていった。


風馬「俺、何やっとるんかな。
  今更俺のものにできるわけないのに」


残された風馬は大きな溜息をついて空を見上げて、
愚痴を言うように独り言をつぶやく。
そんな風馬の背後から、
気持ちを察したような熱のこもった声がした。



流星「お前も辛いな。狂犬」
風馬「流星さん!
  も、もしかしてずっと見てたんですか。
  悪趣味だなー。
  人のラブシーンをのぞき見するなんて」
流星「俺は星光ちゃんがリビングから飛び出していったから、
  心配で追っかけてきただけだ。
  まぁ、お前が彼女にキスしてたら、
  透かさず間割って入って、ぶん殴ってやろうと思ってたけどな」
風馬「キ、キスなんて!
  するわけないでしょ。
  他の男のことしか頭にない女に、魅力なんて感じないし」
流星「ふん(笑)そうか?
  俺の目にはそうは見えなかったけどな」
風馬「流星さん。
  そんなに星光のことを心配してくれてるなら、
  あのカレンっていう女、どうにかならないんですか」
流星「ん?カレンか」
風馬「撮影中もみんなの前でも、べったり七星さんにくっついて、
  星光に意地悪ババアみたく嫌味たらたら言いやがって、
  あんたたちの仲間なんでしょ。
  どうにかしてくださいよ。
  それに。星光を東京に呼んだのは流星さん、あんたのお兄さんだ。
  あいつ、今どこにも居場所がないんだ。
  心のよりどころも無くして……」
流星「そうだな」
風馬「そうだなって。
  分かってるなら、何とかしてやれよ!」
流星「今やってるんだ!」
風馬「やってるって何をですか!
  俺から見れば何も変わってないし、
  星光をどんどん追い詰めてるようにしか見えない」
流星「はっきりしたことが分かるまで詳しくは話せない。
  でも彼女のことは、困らないように俺が何とかする。
  お前にも約束する。
  だから何も心配いらないから、黙って見守っててくれないか」
風馬「流星さんを……信じていいんですね」
流星「ああ」
風馬「俺、あと二週間で福岡に帰るんです。
  それまでにあいつの心から笑ってる顔を見ないと、
  安心して帰れんとですよ!」
流星「分かってる。
  俺も同じ気持ちなんだ。
  星光ちゃんのことは、俺たちに任せてくれないか」


風馬は真剣な眼差しで流星さんを見ていたけれど、
断念したように溜息をついた。


風馬「分かりました。
  星光のこと、宜しくお願いします」
流星「ああ。心配すんな。
  しかし……以外にお前っていい奴だな。狂犬」 
風馬「その狂犬っていうの、いい加減やめくれませんか」
流星「ふん(笑)お前にはぴったりの呼び名だと思うけど。
  なっ、狂犬」
風馬「なんかバカにされてるようで頭くるんだよなー」
流星「あはははっ(笑)」


流星さんは励ます様に風馬の肩に手を回し、
まるで昔から身内同士のような親しみをかけてくれていた。


流星さんが風馬に言っていた『今やってるんだ!』という意味深な言葉。
それは、私や周囲のスタッフには内緒の出来事だった。
あの嵐の日、流星さんは北斗さんと東さんの様子があまりにおかしいと、
神道社長に連絡を取り相談していた。
すると神道社長は他言無用という条件で、
ふたりが内密に調べている内容を話してくれたのだ。
流星さんのマンション駐車場にあった車の持ち主が誰で、
雑誌に北斗さんとカレンさんのゴシップ記事を提供したのが誰だったのか。
この勝浦の撮影に今まで携わった関係者が負傷した原因、
そしてこの事実を知っているのは、
東さんと北斗さんだけだということも……
内容を知ってからというもの、
流星さんは北斗さんに対して責めるのをやめていたのだった。


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