2日後。Aチームが撮影に復帰して朝から潜り、
Cチームがサポートしていた。
浮城さんと根岸さんの犬猿っぷりは相変わらずで、
仕事では言葉をかわすけど、それ以外はまったく話さなかった。
私はいちごさんとふたりで別荘の掃除と洗濯をこなす。
私はモップを持って床の掃除をしていたのだけど、
ふとリビングの隣にある部屋に視線を奪われる。
その部屋には皆のカメラの入った保管庫がずらっと並んでいて、
とうぜん北斗さんや流星さんのカメラもこの中に入っている。
私はゆっくり部屋に入り、
北斗さんの保管庫に近寄って前に行くとしゃがみ込み、
いつも手にしている仕事の相棒をまじまじと見つめた。
星光「(あなたが羨ましい。
私は北斗さんの相棒になれる器じゃないもの……)」
カメラと今の自分を重ね合わせるように見つめていると、
背後から突然声を掛けられる。
その声はやっぱり北斗さんと似ていて、
胸の心拍数が一瞬だけれど跳ね上がった。
流星「星光ちゃん、こんなところでどうした?」
星光「流星さん(焦)お疲れ様です。
いえ、こんなたくさんのカメラを生れて初めてみたので」
流星「そうか(笑)店でもこれだけの台数は並んでないもんな」
星光「はい(笑)もう撮影終わったんですか?」
流星「うん。終わったよ。休憩したら編集作業だ」
星光「そうですか」
流星「星光ちゃん、大丈夫か?兄貴のこと」
星光「もう、やだなぁ。
みんな同じこと聞くんだもん」
流星「みんな?」
星光「いちごさんも風馬も。
(根岸さんも……)」
流星「ひとりで抱えるなよ。
もし悩んでるなら、俺にはいつでも話していいんだから」
星光「はい」
流星「それに、逃げるなよ」
星光「えっ」
流星「何が起きても、兄貴からも俺たちからもこの撮影現場からも。
それが星光ちゃんにとってすごく辛い事でもだ」
星光「……」
流星「俺との約束だぞ。いいな(微笑)」
星光「流星さんとの約束」
流星「何があっても、二度と断崖絶壁には立つなよ」
星光「流星さん……」
流星さんは肩を窄めて涙を必死でこらえている私を、
何かから守る様に抱きしめた。
「よしよし」と宥める声が北斗さんと似ていて、
余計に辛さが増して涙が溢れてくるのだった。
私と流星さんがリビングに移動すると、
買い出しに行っていたカレンさんが帰ってきた。
しかも北斗さんと一緒に……
北斗さんは無言のままキッチンに向かい、
食材の入った段ボールを運び入れている。
私が居ることは気がついているのに、
こちらに視線すら向けようとしない。
横ではカレンさんが笑顔で話しながら、食材を冷蔵庫に入れている。
その姿が私には新婚のカップルのように見えて、
またも苦しさに襲われた。
星光「(私、完全に嫌われてる……)」
私は堪らずモップをもったまま裏口からランドリースペースに出て、
森の小道に向かおうとした。
すると、キッチンにいたカレンさんが駆け寄り私を呼び止めたのだ。
緊張した面持ちで向かい合うとカレンさんは高圧的な態度で口を開く。
カレン「濱生さん、貴女に話しておきたいことがあるの」
星光 「は、はい。なんでしょうか」
カレン「カズの前で、そういう気を引くような態度止めてほしいの」
星光 「あっ」
カレン「さっき、流星と機材室で何をしてたの?
カズに近づく為に、流星と仲良くしてるのかしら」
星光 「そんなこと…私は」
カレン「貴女にあんな態度を取られると撮影に影響が出るのよ。
ここで仕事したかったら、大人しく与えられた仕事だけしなさい。
カズはもちろん、流星や陽立とも馴れ馴れしくしないで。
わかったわね」
星光 「は、はい」
カレン「分かったなら、掃除の続きしてちょうだい。
バケツがリビングに出しっぱなしになってたわ」
星光 「わかりました」
カレン「なんだか、そうやってエプロンしてモップ持って立ってると、
学芸会のシンデレラみたいね。
まぁ、貴女にガラスの靴なんてないけど(笑)」
星光 「……」
勝ち誇ったような顔で笑い去って行くカレンさんを、
私は黙りこくり俯いたまま見送った。
救いのないシンデレラと称され、
それが今の自分自身を見事に形容していると妙に納得してしまう。
そんな私たちのやり取りを建物の陰から窺っている人物がいた。
ランドリースペースで一人立ちつくす私に背後から近付くと、
その人物は聞き慣れた声で呟く。
風馬「俺。あの女、いっちょん好かん」
星光「風馬」
風馬「お前、なんで言い返さんとや?」
星光「だって。ここは職場だから」
風馬「変な言い訳。
あのさ、早く俺を安心させてくれんかな。
そうせんと、福岡に帰れんやろ」
星光「えっ(驚)風馬、福岡に帰るの!?」
風馬「ああ。もうすぐ雇用契約が切れるからな」
星光「いつ」
風馬「あと2週間かな。
水中撮影が終わったら、カメラマンじゃない俺はお払い箱だ」
星光「そんな……」
風馬「それにひさっちに親と店の面倒させたままだしな、
そろそろ帰ってやらんと」
星光「そっか。そうだよね、寿代と結婚するんだもんね」
風馬「だからお前が七星さんとうまくやってくれないと心配で帰れん」
星光「それは……無理かも」
風馬「なしてか」
星光「だって、北斗さんはカレンさんと結婚するんだもん」
風馬「お前まさか、あの雑誌見たのか!?」
星光「雑誌なんか可愛いものよ。
それの何倍もショッキングなものを見ちゃったから」
風馬「えっ」
星光「いいの。
北斗さんのことはもう諦めようって思ってたから。
だから風馬は気にせず寿代のところへ帰ってあげて」
風馬「諦めるって、お前」
星光「大丈夫。今の私には本当の両親が居て、
母がいつでもおいでって言ってくれてるし、
最悪、住まいも働き口も無くなったら、またCCマートに戻るわ」
風馬「星光。やっぱ俺、お前が好きだわ」
星光「風馬……」
風馬はいつもこうやって自分の想いの丈をストレートにぶつけてくる。
でも、北斗さんは気持ちを伝えてくれない。
幼少の頃から私をいちばん理解してくれていた風馬には、
身内のような愛情も持ち合わせていて頼りやすい。
一方の北斗さんは急によそよそしくなって、すごく距離を感じる。
私の心はシーソーのように大きく揺れ動き、
不安な気持ちを表しているかのようだ。
空元気の私をぎゅっと抱きしめた風馬。
身体を包み込んでいた両手が私の頬に触れると、
風馬の顔がゆっくり近づいてくる。
久しぶりに面と向かってみる風馬の優しい顔に、
私は戸惑いつつもゆっくりと目を瞑った。
風馬の唇と私の唇がもうすぐ触れようとする刹那、
心の中に複雑な想いが交錯する。
それは北斗さんとの恋に見切りをつけようとしているのか、
はたまた風馬の優しさに甘えているだけなのか。
北斗さんの想いも自身の想いさえも分からなくなりつつあった今の私に、
風馬の優しさを拒むだけの強さは残っていなかったのだ。
(続く)
この物語はフィクションです。

