翌朝、北斗さんと私は話しながら海岸線に沿って移動する。
昨夜、彼と星を見ながら過ごした。
東京がどんなところなのか、どこの地区なら便利で住みやすいか。
彼は何処で生まれ育ち、今何処に住んでるかまで、
顔写真のついた会社の身分証明書と免許証を見せながら聞かせてくれた。
そして私に、東京の住所と連絡先の書いたメモを渡してくれたのだ。


糸島の溢れる自然とそこで生活する優しい人々に触れる。
出くわす街の人に頭を下げながら声をかけては、
そこでシャッターを押している彼。
平和な微笑みを浮かべる住人を撮影し続ける北斗さんの姿を見守りながら、
私は彼の指示で手伝いをした。
時々見せる爽やかな笑顔も、私の胸を何度となくキュンと高鳴らせ、
ほのぼのとした時間の中で彼の誠実さも五感でしっかり感じ取れる。
時はドキドキの心を煽って、もっと北斗七星という人を知りたいと思わせた。
そして「東京に行く」という決心を徐々に固めさせたのだ。



七星「ありがとう。撮影完了だよ」
星光「はい。お疲れ様でした」
七星「11時か。そろそろ時間だな。
  星光さん、気持ちは決まったかな。
  君の荷物も車の中に置いたままだしな」
星光「そうですね」
七星「これから会社に戻って事務所に機材を返して、
  荷物を積み込んだらすぐに空港に向かうけど、それでもいいかい?」
星光「はい。私、東京に行きます」
七星「そう。後悔しない?
  もう少し時間かけてよく考えてからでもいいんだよ」
星光「よく考える……」
七星「君が今抱えてる事や、心の整理をつけてから僕を訪ねてくればいいし。
  僕はいつでも、住まいや仕事も含めて協力するから」
星光「ありがとうございます。
  でも……今行かないと、またあの氷の要塞に閉じ込められて、
  二度と輝く世界には出られないような気がするんです。
  北斗さんと出会ったのは、私が脱出するキッカケだと思うから、
  私、北斗さんと一緒に行きます」
七星「そっか(微笑)わかったよ。じゃあ、一緒に行こうね」
星光「はい。宜しくお願いします」



時計を見ると北斗さんは携帯で会社に連絡を取り、
仕事の話をしていたけれど、
エンジンキーを回すと車を走らせ、糸島の長閑な街を抜ける。
そして大通りから都市高速に乗ると、
百道浜(ももちはま)に向かって走り出した。
私の心臓は今だに強く早く波打っていて、
車の速度に負けないほど加速している。
夢の世界にでも連れて行かれるようなワクワク感に浸りながら、
流れる福岡の街を見つめていた。
北斗さんの電話する姿を見て、携帯の電源を切っていたことを思い出す。
私はゆっくりバッグの中の携帯を取り出すと電源ボタンを押した。



星光「(そうだった。風馬と約束したんだ。
  どこに行くかくらいは伝えないとね。
  車も百道浜に置いていくし、車の後始末もお願いしないと……)」


唯一の味方である風馬にメールをした。
家を出て東京に行くことと、
スターメソッドのパーキングに停めている車のことをお願いする内容で。
送信ボタンを押すとバッグにしまって、
小さな溜息と一緒に心で決別のセリフを吐いた。


星光「(さようなら、生まれ育った氷河の要塞。
  さようなら、颯。
  そしてさようなら、今までの私……)」





その頃、風馬はというと、
魚河岸から帰り、配達の為に軽バンを運転中だった。
助手席に風馬のお店の店員で、
私のもうひとりの幼馴染、寿代(ひさよ)を乗せている。
メール音に気がついて、風馬は車を路肩に止めると携帯を確認する。
無言で私のメールを読んでいた風馬だっだけれど、
いきなり大きな声で叫び、車を急発進させた。



風馬「くそっ!くそっ!!
  あれほど言ったのに!」
寿代「風ちゃん!?
  いきなり大きな声出すからびっくりしたじゃない」
風馬「星光だよ、星光!あのバカ。
  あれだけ一人でどっかに行くなって、今朝言ったばかりなのに!」  
寿代「キラ?あの子どうかしたの?」
風馬「あいつ、今から東京に行くって。
  車を百道浜に置いてるから後始末頼むって!
  一体何考えてんだ」
寿代「えっ!?もしかして家出したの!?
  颯さんと婚約してたはずでしょ。
  なんで家出なんて」
風馬「お前、あいつと幼稚園から親友してて何も知らんのか。
  加保留に颯を寝取られたったい!」
寿代「はい!?」
風馬「それであいつショックを受けて。
  昨日の夕方、潮ヶ浜の岸壁におったから、
  多分やけど命絶つつもりでおったと思う」
寿代「そんな。
  キラ、いつも私には何も言わないから、
  そんな大変なことがあってたなんて知らんかった。
  あの子……昔から風ちゃんには何でも話すよね。
  風ちゃん、まだキラのこと好いとるんやね」
風馬「そんなこと当たり前やろ。
  俺は昔から星光一筋。
  ひさっちさ、俺や星光と長年一緒におるのに何も分かってないな。
  あいつから俺には何も言わんよ。
  思っとることも自分に何があったとかも。
  俺があいつを見てて分かるだけちゃん。
  星光は子供の頃から何でも、ひとりで抱える奴やから」
寿代「う、うん。そうね……」
風馬「とにかく、今から百地浜に行く。
  それで俺は星光の車に乗って、あいつを空港に迎えに行くから、
  ひさっちはこの車で先に店に帰っててくれ。
  そうせんと親父がまた機嫌悪いから。
  なっ、頼むな」
寿代「うん……。分かった。
  (昔からそう。キラは星光で、私はひさっち)」



風馬は国道3号線から香椎東の都市高速道路に入り、
百道浜へ向かって走り出した。
焦る心はどうにかして私を連れ戻したいと叫んでいる。
そう思えば思うほど、アクセルを踏む足に力が入った。 


北斗さんと私はスターメソッドの支社に着き、
それぞれの荷物を車に積み込んで早々に福岡空港へ向かう。
いよいよ私の人生最大の正念場、
自由になれるチケットをもうすぐ手にできる瞬間がくる。
助手席で貰ったフォトブックをギュッと胸に抱きしめた。
一点を見据える私を見た北斗さんは、微笑みながら頭を優しく撫でる。
その仕草にまたもドキッとさせられた。



七星「緊張してるみたいだね。
  もしかして不安?
  僕の写真集をそんなに大事に抱きしめてもらえるのは光栄だけど」
星光「あっ。いえ……やっと自由になれるんだって思ったら、
  なんだか落ち着かないだけです」
七星「そうか。まぁ、不安で当然だよな。
  今から築いてきたものをすべて捨てて、
  0から自分の生活を作っていくんだから。
  でも、僕がサポートするから安心して。ねっ」
星光「はい(笑)」
七星「あぁ、そのフォトブックはね、僕のお気に入りなんだ。
  スターメソッドに入社して初めて出した写真集で、
  さっき話した東に編集を手伝ってもらったんだよ。
  それこそ自由になった僕の証みたいな作品かな」
星光「そうなんですね。
  だから何だか共感できるのかな。
  見てるととても元気をもらえるんですよね」
七星「そう言ってもらえると嬉しいよ。
  その写真集の10ページの写真がどの作品よりもいちばん印象深いな。
  時間がある時に見てごらん。君なら何か感じるかもしれない」
星光「はい。是非拝見します。
  (10ページにどんな思い入れがあるんだろ)」



写真の話をしているうちに福岡空港へ到着し、
車を空港前にあるレンタカー屋さんに返すとバッグを持って空港に向かう。
多くの人々が行き交う国内線ロビーで、
手続している頼もしい北斗さんの後ろ姿を見ながら、
私はゆっくり視線を外して辺りを見廻した。
スーツ姿のビジネスマン、今から出張なのかな。
学生らしき二人の女性、仲よしの親友と今からご旅行?
小さな女の子を連れたお母さん、
おじいちゃんとおばあちゃんが寂しそうに見守ってる。
里帰りでもしていたのかしらね。



そんな穏やかな光景に見惚れているうち、
さっきまで感じていた緊張はいつの間にか治まっていた。
みんなの目には、今の私も温かな空気に包まれ、
穏やかな表情を浮かべた女性と映っているのかもしれない。
もしかしたら恋人同士だと思われているかもね。
それとも上司と部下の関係に見えるかしら。


北斗さんに導かれて、今から踏み出す人生初の自由の旅。
さすがにそんな一大決心があるなんて、感じ取ってる人などいないだろう。
航空券を持った北斗さんが私に近寄り、微笑みながら手渡した時だった。
温かな空気を切り裂くように太い声がロビー内に響く。


颯 「星光!!」


辺りは一瞬で静かになり、場の空気を凍りつかせる。
北斗さんは颯を見ると瞬時に状況を理解したのか私の手を掴んだ。
大きな目を見開いて声の主を見つめる私は、
これから起きる惨事とまたも囚われの身になるかもしれないという、
底知れぬ恐怖に襲われて震えていたのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。