(会議室前の廊下)


カレン「根岸くん。
   何故あんなデタラメをカズに言ったの!?」
根岸 「ん。あれはデタラメでしたか?横浜のホテル」
カレン「そこじゃなくて。私たちが付き合ってるって」
根岸 「あぁー、そこ(笑)」
カレン「あんなこと言ったら、私たちの仲が怪しまれるじゃない」
根岸 「いえ。怪しまれるどころか、彼は乗ってきました。
   俺の誘導にね」
カレン「えっ?」
根岸 「神道社長が権力を使って押しの一手で来るなら、
   俺は戦略的精神と心理戦ですよ」
カレン「それって、逃げれば追ってくるってこと?」
根岸 「ええ。それもありますが、チェスの名言にもあるでしょ?
   “心優しいものにチェスはできない”って。
   彼は必死で貴女を取り戻しにきますよ」
カレン「えっ……」
   

根岸さんは意味ありげに微笑み立ち止ちどまると、
不安げなカレンさんの顎を持ちあげ、塞ぐようにキスをした。
魔性のような魅力に引き込まれてうっとりするカレンさんを、
彼はエスコートするように再び歩き出す。
二人は薄暗い廊下を軽快に歩き、
笑いながら闇の中に消えて行ったのだ。


ひとり残された北斗さんは、
冷たく大きなガラスに近づき身をゆだね凭れた。
車や電車の騒音が、分厚いガラスを通して遠くかすかに響いてくる。
すっかり暗くなった新宿の街のネオンを仰ぎ、
物悲しげな目をして落胆の溜息を漏らしたのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。