流星さんと会った日から3日後の月曜日、午前8時半。
私は出社早々岡崎店長から呼び出される。
その内容は、従業員の間で噂になっている風馬との関係と、
私が本社に直接送った退職届の件だった。
斡旋辞退の真相を知った流星さんが、
会社を辞める方法をアドバイスしてくれたのだ。


私は包み隠さずに、風馬とのことや仕事を斡旋されたことなど、
これまでに至る経緯を詳しく説明した。
いつも温厚でポーカーフェイスの店長は私の話を親身に聞いてくれていたが、
私の口からスターメソッドの名前が出た途端、
驚きと共に深刻な顔つきに変わる。
話し終った後、本社の人事から連絡を受けて、
締日である11月10日付での退社を同意せざるを得ないと店長から聞かされた。
ホッと胸を撫で下ろす私とは対照的に、
店長は大企業の斡旋話に疑問を感じたようで、
スターメソッドの件がはっきりするまで、幸福荘に住むことを提案してくれた。
そして、店に戻ってくることも考えるようにと……
きっと私の行く末を案じてのことだと思う。
右も左もわからない東京という地で、住まいも仕事もなく途方に暮れる私を、
二つ返事で雇い、住まいを与えてくれた岡崎店長とCCマート。
その恩を仇で返すようなやり方をしている私にも、
岡崎店長は終始変わらずに接してくれて、
後ろめたさから良心の呵責に苛まれる。


元はと言えばこの話、北斗さんから持ち込まれたオファー。
流星さんのアドバイスは涙が出るほど有難かった。
けれど、北斗さんを抜きにして進められる話でもなく、
彼から連絡がない今、やっぱり手放しでは喜べない。
北斗さんに対しても、後ろめたさと自責の念が頭をもたげ、
本当にこれで良かったのだろうかと焦燥感が込み上げてくる。
その日一日、なんとなく寂しいような、
心細いような心持ちで仕事をした私だった。



その夜、午後9時。
閉店一時間前のCCマート吉祥寺店の店内で、
風馬も私と同じような複雑な気持ちで業務をこなしていた。
鮮魚コーナーでときどき重い溜息をつき、
ひとつひとつの商品のラベルを確認しながら、
消費期限切れがないかチェックをしている。
風馬が半額シールを商品に貼っていた時、
品ある中年女性が風馬の横で、
にぎり寿司のパックを手に取りかごに入れた。
風馬は作業している手を止めて、
その女性に声をかけたのだ。


風馬「いらっしゃいませ!
  お客様、そちらの商品も半額になってますので、
  値引きシールを貼りますね」
女性「まぁ。これも半額なの?ずいぶん安くなってるのね」
風馬「はい。その代り本日中にお召し上がりくださ……い。
  あっ(驚)貴女はもしかして、古賀美砂子さん、ですよね?」
古賀「えっ!え、ええ。そうですけど。
  何故、私の名前を……」
風馬「本当の、星光のお母さんですよね!」
古賀「えっ。貴方は?塩田さん……」
風馬「はい!俺、北九州の“魚玄(うおげん)”の塩田風馬です!」
古賀「魚玄って。
  貴方が、玄さんの息子さんの風馬くん!?」
風馬「はい!」



私の母である古賀美砂子と、風馬の25年ぶりの再会だった。
母は風馬の顔をまじまじと見て、
なんとなく面影の残る彼の手を握って邂逅(かいこう)を喜ぶ。
一方風馬は、母から話を聞けば私に何か情報を伝えられると考えていた。
ふたりは人もまばらな店内で、昔を懐かしみながら話したのだ。




古賀「そうよね。私が福岡を離れてもう25年になるものね。
  星光から声をかけられた時も気がつかなかったけど、
  風馬くんもこんなに立派な青年になってぇ」
風馬「えっ!?星光と会ったんですか?」
古賀「ええ(笑)それもつい最近、私の勤める病院で偶然に」
風馬「病院?
  (星光のやつ、お母さんと会ったこと何で言わないんだ)」
古賀「あぁ。私は今、新宿にある大学病院に勤めててね。
  病棟の廊下で、星光から声をかけられるまでわからなかったわ。
  私の担当する患者さんのご家族とお見舞いにきてたの。
  星光の、お友達かな?それとも彼氏なのかしら」
風馬「それってもしかして。
  その患者さんの家族って、北斗さんって言いますか?」
古賀「えっ。ええ、北斗さんと風馬くんも知り合いなの?」
風馬「ええ。よく知ってますよ」
古賀「そう。世間って広いようで狭いわね(微笑)
  じゃあ、風馬くんも星光とよく会ってるの?」
風馬「はい。でも、俺……
  今月いっぱいでここ辞めて実家に帰るんですよ。
  福岡に帰ったら、近々結婚するんです。
  だから、もう星光とも……」
古賀「まぁー!風馬くん、結婚が決まったの?
  おめでとう!
  貴方のお母さんの輝ちゃんとも、
  最近は連絡とってなかったから知らなかったわ」
風馬「それが、親にはまだ話してなくて」
古賀「そう。じゃあ、彼女との間で結婚が決まってるのね(微笑)
  でも貴方が結婚したら、星光は寂しくなるかもしれないわね」
風馬「えっ。それってどういう意味ですか?」
古賀「貴方たちね、子供のころからずっと一緒だったのよ。
  まだ3歳だったから覚えてなくて当たり前だけど(笑)
  いつも風馬くんの後を、泣きながら星光が追いかけてたわ。
  公園でおままごとしてる星光が、近所の子にいじめられてるのをみると、
  貴方はいつも『俺の嫁さんに何しよーとやー!』って。
  助けにはいって星光のことを守ってくれてたのよ。
  私ね、それをみてて頼もしくって、
  風馬くんが将来、星光の旦那様になってくれたらって思ったくらい」
風馬「……」
古賀「でも風馬くん、良かったわね。
  彼女と幸せになるのよ」
風馬「はい……あの!星光のお母さん。聞きたいことがあります」
古賀「聞きたいこと。何かしら?」
風馬「あの。何故、星光を手放して濱生の養女にしたんですか」


風馬の言葉に一瞬、言葉をなくし苦笑いを浮かべる母だったけれど、
何かを吹っ切るように語りだした。


古賀「星光は……私たちが手放したわけじゃないの。
  濱生に、大神楽に奪われたの」
風馬「えっ!」


穏やかな口調で語りながらも、
笑いたいような情けないような一種妙な顔つきで真実を話す母。
風馬はその痛みを感じとりながら相槌をうっている。
そして話し終わると、深い溜息をついた。


風馬「はぁーっ。そうだったんですか。
  (星光……)
  俺のお袋も知ってたんですね」
古賀「ええ。だって貴方のお母さんとは大親友だったから、
  いちばんに私たちのことを心配してくれてたわ」
風馬「そっか。お袋もいいとこあるんだ。
  話してくれてありがとうございます。
  星光のお母さんから直接本当のことが聞けて良かったです」
古賀「ええ(微笑)福岡に帰ったら、玄さんと輝ちゃんによろしくね」
風馬「はい」


何故私と離れ離れになったのか、
記憶をたどりながら話した母を見つめる。
掻い摘んだ内容であっても直接真相が聞けたことに、
風馬は今までにない安堵感と、
私の哀れな生い立ちに惻隠の情を強く抱いたのだ。


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