夏鈴「(どうしよう……私の早とちりで星光だけでなく、
風馬くんの想いまで焚き付けて混乱させてしまってる。
このままじゃ二人とも傷ついて大変なことになっちゃう)」
(“幸福荘”二階、星光と夏鈴の部屋)
夏鈴さんは、がばっと立ち上がると足早に食堂を出て、
二階にある私たちの部屋に駆け上がり、
ノックをすると勢いよくドアを開けた。
夏鈴「キラちゃん!」
星光「夏鈴さん。お疲れ、様。
どうしたの?まっ赤な顔して」
夏鈴「話があるの」
星光「うん、話し聞くよ」
夏鈴「思ってもみなかったことがいきなり降りかかってくるし、
思い違いで大変な方向に物事は進んでるし、
こういう時、どっから話せばいいのかな」
星光「え?」
夏鈴「キラちゃん」
星光「はい」
夏鈴「北斗さんはいいかげんな男なんかじゃなかったのよ」
星光「えっ?」
夏鈴「回りまわって分かったことなんだけど、
私の勘違いだったの……
だから、前に私の言ったことは撤回する!
それに、風馬くんのことも私の勘違いが原因で、
真剣にキラちゃんのこと想ってる彼をたきつけちゃって。
私ったら、あっちもこっちもかき乱しちゃった。
しかも浮城さんまで訳わかんないこと言い出すし、
どうしたらいいか……」
星光「夏鈴さん?」
夏鈴「本当にごめんなさい!」
いきなりの謝罪の言葉とともに、まるで神棚に向かって参拝するように、
身体を直角にまげて深々と頭を下げたままじっとしている夏鈴さん。
私はそんな彼女を微笑ましく見つめながら、慌てふためき頭を下げる訳を、
宥めるように穏やかな口調で聞いてみた。
すると夏鈴さんは申し訳なさそうに俯き、口籠りながら話し出す。
星光「あの、夏鈴さん?(笑)
んー。私こそ、ごめんなさい。
夏鈴さんが私に何を伝えようとしているのか、
何を話そうとしてくれてるのかよく分からなくて。
風馬や北斗さんと何かあったの?
ほらっ、私って鈍感だからさ(微笑)
もっと詳しく分かる様に話してもらえないかな」
夏鈴「うん……何かあったっていうかね。
風馬くんは本当にキラちゃんのことが大好きで、
九州から東京に来たことも、大切な人だからだって、
この間寮の食堂で話してくれたのよ。
なのに私ったら、
『好きならキラちゃんをここでずっと支えてあげて。
北斗さんをキラちゃんに関わらせることだけは阻止したいから、
好きで大切なら、あんないい加減な男にあっさり渡さないで、
私に協力してほしい』って言っちゃったの」
星光「夏鈴さん」
夏鈴「毎晩、フォトブックを抱えて泣いてるキラちゃんを見てて、
私、親友として何もできなくてずっと辛かったんだ。
それもこれも、キラちゃんを振り回してる北斗さんのせいだって思うと、
本当に腹立たしくなって。
カレンって女カメラマンのことや、
彼に関わる女の話も浮城さんから聞いたから余計に許せなくてね。
それを話したら、風馬くんの顔色が変わっちゃってさ。
だから彼は私の話に煽られて、キラちゃんに告白したみたいだし。
本当にごめんなさい」
今にも泣き出してしまいそうな顔で謝る夏鈴さんを見て嬉しい反面、
私自身が巻いた種でこうなってしまっていることの申し訳なさで、
すぐさま彼女の謝罪を取り消すように言葉を返す。
星光「そんな(笑)夏鈴さんは何も悪くないよ。
全て私のことを思ってしてくれたことでしょ?」
夏鈴「それはそうなんだけど……」
星光「風馬が私に気持ちを打ち明けたのは、
彼と一緒に過ごした時間や気質なんだと思う。
昔からそうなんだけど、彼はいつも私の様子を窺ってて、
今日はいつもと違うなって感じたら『何でも一人で抱えるなよ』って、
兄貴面するっていうかね(微笑)
まあ、これまでお節介なところも多々あったのよ」
冗談交じりに語る私を夏鈴さんは黙って頷き耳を傾けているが、
その表情からはまだ慚愧の念が窺える。
星光「何かの悪戯なのかな。
それとも私の弱さのせいかな。
北斗さんと一緒に居た時、とてもショックなことがあったから、
浮城さんの話も碌に耳に入らなかったんだ。
それでさっき、店の前で動揺して泣いてしまったっていうか」
夏鈴「うん。あいつから話し聞いたわ」
星光「私が甘えて風馬の前で泣いちゃったから、
感極まって気持ち伝えてきたんだと思うんだ。
だから、夏鈴さんに煽られて言ったわけじゃないって思う。
むしろ、私のほうが北斗さんや風馬よりいい加減かもしれない」
夏鈴「ん?……何故?」
星光「風馬ね、福岡に婚約者待たせてるんだ。
なのに私は、北斗さんを失うかもしれないっていう悲しみと、
唯一私のことを理解してくれてる風馬まで失うかもしれないって、
寂しさが追い打ちをかけてきて、風馬に甘えようとしたから」
婚約者という単語を聞いた瞬間、
萎んだ風船のようだった夏鈴さんの顔が驚きに変化し、
いつもの調子が戻ってくる。
夏鈴「えっ!?婚約者って、それどういうことなの」
星光「風馬のことを学生時代から一途に想ってる、寿代っていう子。
私の親友でもう一人の幼馴染なんだけど、
今でも風馬の気持ち知ってて、
ずっと彼の実家の魚屋でバイトしながら彼を見守り続けてるのよ。
東京に行くなら婚姻届にサインをしてから行ってって、
寿代に泣きながら迫られ上に、
両親からも勘当を言い渡されてるらしいの。
風馬が3か月経ってもうちに帰ってこなかったら、
寿代が届けを役所に提出するって条件でここにきたんだって」
夏鈴「なにそれ。半強制的じゃない。
言動がどうあれ、結婚を何かの条件にするのって、
人としてどうかと思うよ。
風馬くんはその子との結婚なんて望んでないんでしょ?」
星光「そう私にも言ってたけど、
私には颯って婚約者が居たし、旅館のこともあったしね。
風馬に何度も『俺と一緒になってくれ』って言われても、
気持ち分かってて『冗談でしょ』ってうやむやにしてきたの、私。
それである時、颯の浮気事件が発覚したから……」
夏鈴「そっかぁ。
それで断崖絶壁で北斗さんに助けられたんだね。
うん!やっぱり北斗七星、いいヤツじゃん」
出会った当初とは全く正反対となり、
急に北斗さんを高評価し絶賛する夏鈴さんに、
私はクスっと笑ってしまった。
星光「うん。
風馬は北斗さんに私を託した後、
寿代との婚約を決めたみたいでね。
彼はあの調子のストレートな性格だし、
言ったことは実行する人だもの。
昔からおべっか使う人間じゃないからいつも寿代に冷たくしてた。
私のことになると、全てをほったらかしてすぐ飛んでくるし、
寿代が止めても話も聞かずにあしらってたんだ。
それが原因で、寿代とはいつの間にか仲違いになったのよね」
夏鈴「なるほど、そりゃ寿代って子もヤキモキするわ」
星光「正直、風馬から寿代と婚約したって聞かされて、
私、なんだか複雑な気持ちになったのよね。
スーパーマン見たく飛んできてくれた彼はもう居なくなると思うと、
寂しさが込み上げてきて泣いちゃった」
夏鈴「うん……なんかその気持ち、すごくわかるよ。
親にしろ彼氏にしろ、
ずっと見守ってくれていた人がポッと居なくなるのは不安だもの」
星光「そう、私がもっと早くにはっきりしとけば、
風馬も寿代も傷つけることもなかった。
私の優柔不断な言動で、余計に風馬を混乱させてる。
だから夏鈴さんは何も悪くないから気にしないでね」
夏鈴「うーん。そう言われちゃうとそうかもって思うけど、
お姉様的には、
妹分のキラちゃんに気を遣われている感は拭えないわね(笑)」
納得がいかないまでも、私と風馬、風馬と寿代の関係を知り、
夏鈴さんは苦笑いしつつ私の意見を受け入れる。
そして、夏鈴さんから振られた話とは言え、
風馬と北斗さんとの間に挟まれる形になった私は、
抱えている悩みを吐露した。
星光「実は夏鈴さんに相談にのって貰いたくて悩んでたんだ。
内容は言うまでもなく風馬との件で、
夏鈴さんの方からこの話が出たのは、
私にとって渡りに船だなって思っちゃった(笑)」
夏鈴「そっか」
星光「私が安易にも風馬に考えてみるなんて言ってしまって、
しかも風馬と別れた後、北斗さんが寮の玄関に居て、
話を聞けば事実はまったく違ってたから参ったよ」
夏鈴「(あいつが言ってたのはこれね)」
星光「私にスターメソッドでの仕事をもってきてくれて……
いちばん酷いのは私。ふたりにいい顔しちゃった。
ねぇ、夏鈴さん。私これからどうしたらいい?
どうすれば誰も傷つけずに済むの?」
それまで私の話を優しく聞いてくれていた夏鈴さんの目は、
突如として険しくなり、いつもの頼り甲斐ある女性となっている。
夏鈴「あのね、キラちゃん。
誰かを傷つけずに済む方法なんてないよ。
キラちゃんの複雑な胸の内はわかる。
私も元彼と別れた時、同じ気持ちを抱えてたからね」
星光「えっ」
夏鈴「実はね、私の元彼はフリーのカメラマンだったんだ。
彼のことが大好きだったんだけど、
仕事命の人でなかなか逢えないし、
下手するとメールの返信は勿論、
電話すら繋がらない時もあってね。
『この人、私が居なくても寂しくないんだな。
きっと別にいい人が居るから、連絡も寄こさないし、
私に逢いにもこないんだ』って思い込んじゃったのね。
そんな時、同じ会社の寺田さんに求婚されたのよ。
自分の心が寂しくないように傷つかないようにって、
寺田さんに彼と逢えない寂しさを埋めてもらってたの」
星光「夏鈴さん」
夏鈴「それである時。
店にやってきた彼が寺田さんのことを知って激怒して、
結果、私はいちばん大切な人を失ったってわけ(笑)」
星光「えー」
夏鈴「彼が去って分かったのは、
寺田さんは彼の影武者だったってことと、
私と連絡が取れなかった本当の理由だったの」
星光「本当の理由?」
夏鈴「うん。それはね、
彼が仕事で大事故をして入院していた事実だったんだ」
星光「そんな……」
夏鈴「後に残ったのは、寂しさと後悔だけ」
星光「夏鈴さんにそんな過去があったなんて……」
夏鈴「この話はしてなかったからね(笑)
キラちゃん、本当に好きな人が心に決まってるなら、
他の人のことなんて考えなくていいの。
本命の彼を選んだ時点で、
必然的に自分を想ってくれる誰かを傷つける。
でもそれは一時的なことで、
結果的にはその人の道も開くことになるんだからね。
キラちゃんが素直に北斗さんの胸に飛び込めば、
風馬くんと寿代さんも躊躇わず前に進めるのよ」
星光「夏鈴さん……ありがとう」
夏鈴「うん。今度こそ!掴んだ北斗さんの手を放しちゃだめよ」
星光「はい」
思いもよらず知ってしまった夏鈴さんの過去。
その原因となった私の恋愛相談に、夏鈴さんはぴしゃりと言ってのけた。
経験からきたであろうそのアドバイスは私の本心を真に理解していて、
曇り停滞していた心を一歩前へと踏み出させるのだった。
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