争う二頭の猛獣を止めたのは、私でも病院スタッフでもなく、
突然登場したカレンさんで、彼女は黒のノースリーブドレス姿に、
スレンダーなボディで堂々と通路に立ちはだかる。
その出で立ちは黒豹を彷彿させ、傍らで見ていた私をも圧倒させた。
涼子さんとカレンさん、北斗さんと流星さんとの計り知れない関係。
北斗さんの動揺する姿を見れば見るほど、
彼への疑問がどんどん深くなっていく。



そこに、カレンさんと一緒にきていた浮城さんが、
駐車場に車を停めて、裏口から待合室に入ってきた。
そしてゆっくりカレンさんのいるほうへ近づきながら、
睨み合う三人の姿を驚いた顔で傍観している。
北斗さんはただ茫然と睨みつけるカレンさんを見つめていたけれど、
病院の玄関に向かおうとした流星さんのリュックと、
左腕とグッと掴み引き戻した。



七星 「おい!このまますんなり帰すと思うか。
   お前の口から帰ってきた理由を聞くまで、
   涼子さんの病室はもちろん、
   うちにも会社にも行かせないからな!」
流星 「ふん(笑)俺が帰ってきただけで、何をそんなに動揺してんだ。
   当ててやろうか。涼子の許に俺が帰ると兄貴が困るからだよな。
   兄貴は親父にそっくりだ。
   あんたたちは偽善者だ。
   いつも演説張りのご立派な説教を振りかざしやがって、
   自分たちのやってることは棚に上げて、善人ぶって正当化する。
   そんな兄貴が俺に身勝手だと言えるのか?」
七星 「ああ。言えるね。
   少なくとも、僕なら妻が居る身で自分の夢を優先したりしない。
   病気になった妻をほったらかしにして、
   仕事に没頭したりはしない。
   傍に居てほしいと言われたら、僕は彼女の傍にいる」
流星 「そうくるか。じゃあ、カレンに対してはどうなんだ」
カレン「流星。私のことはいいから」
流星 「いや、良くないね。
   兄貴に惚れてるの知ってて、
   何年も前から思わせぶりな態度を取ってる。
   未だにカレンを縛り付けてる。
   クリスマスパーティでもそうだった。
   周りに女を侍らせて、片手に自分の女を抱えながら、
   人の女房まで寝取るなんてな」
星光 「(寝取る!?どういうこと!?
   北斗さんが涼子さんを抱いたってことなの!?)」
流星 「どうやって涼子をその気にした?
   あいつを喜ばす方法を兄貴は熟知してるってわけか。
   だから俺の顔を見た途端、あいつが逃げようとしたんだよな!」



バチン!(頬を殴る音)


カレン「カズ!」
七星 「(胸座を掴んで)自分勝手もいい加減にしろ!
   何もわからないやつが、偉そうに憶測でものを言うな!」
浮城 「おい!ここは病院だぞ。
   お前ら場所を変えて冷静に話せよ」


北斗さんの我慢しきれなくなった拳は、流星さんの右頬を勢いよく捉え、
乾いた音と共に、殴られた流星さんはフロアによろけてうずくまった。
見ていた私は反射的に、流星さんの元へ駆け寄り膝まづく。



彼の肩を支えながら私は、寂しい気持ちで北斗さんを見上げると、
長年の怒りをいっぱいにため込んだ形相をしている。
そして流星さんを庇う私の姿に驚き、
途端に悲しみが加わった複雑な表情に変わった。
遣る瀬無い気持ちを隠す様に、
拳を握りしめ目を瞑ると歯を食いしばる。



二人のバトルに騒然となった重苦しい空気の病院フロアは、
私達を囲むように人だかりができていた。
そのうち病院関係者らしき人と警備員が二人、
北斗さんとカレンさんに近寄ってきて話しかけてくる。
私は北斗さんを気にかけながらも、
なかなか立ち上がろうとしない流星さんを見つめた。
頬を抑えて座り込む彼は、
私に視線を合わせると優しい微笑みを湛えて、
何か言いたげなその眼差しに、
なぜか同情心に似た感覚が襲ってくる。


流星 「君は、兄貴の彼女だろ?」
星光 「えっ(驚)わ、私は……」
流星 「兄貴のことびっくりしたろ。ごめんな」
星光 「いえ……」
流星 「もう俺が居るから何も心配しなくていいから」   
星光 「あ、あの(焦)」
流星 「何も心配しなくていいよ」
星光 「流、流星さん……」



投げかけられた少ない言葉の中に、いろんな思いが詰まっていて、
微笑む流星さんの目を複雑な心持で見つめる。
妥当な言葉もうまく思い浮かばず、
『北斗さんの彼女』という肩書にも対応できず、
オドオドするの私の許に浮城さんが近寄ってきた。


浮城「星光さん」
星光「は、はい」
浮城「今から僕が家まで送るよ」
星光「えっ」
浮城「突然で申し訳ないんだけど、さっき社から連絡が入ってね。
  カレンがあいつと流星を職場まで連れていくことになったから、
  君を送るようにってカズから頼まれた。
  今日の予定は日を改めるそうだから、後日連絡するって」
星光「そうですか……
  わかりました」
浮城「せっかくカズと約束できて会えたのにな。
  本当にごめんね」
星光「いえ。私こそ、立て込んでる時にすみません」
流星「ふん。兄貴らしいぜ。
  尻拭いはいつも陽さんだよな」
浮城「流星。誰のせいでこうなったと思ってる。
  少しはカズのことも理解してやれよ。
  5年も海外で修業したんだろ?
  少しは大人になれ」
流星「ふん。大人ね(笑)」
浮城「さて、行こうか」
星光「はい。お願いします」


座り込んでいた流星さんは勢いよく立ち上がり、
無言で一礼して浮城さんの後をついて行こうとする私の手を掴んだ。
そして再び優しく微笑むと、
両手で私の掌にあるものを宛がい、ギュッと握らせて耳元で囁いた。


流星 「兄貴のこと、心配しなくていいから。
   何かあったら俺に連絡をしておいで。
   兄貴には内緒で。ねっ、星光さん」
星光 「流星さん」


戸惑う私の背中を押すと、ウインクしながら手を上げて、
カレンさんと北斗さんの許へ歩いていった。
左手の拳の中身が何なのか、なんとなくわかってはいたけれど、
そのまま握りしめたまま、浮城さんの後をとぼとぼ歩く。
北斗さん達にも一礼して通り過ぎていく私の姿を、
彼は見えなくなるまでじっと目で追った。
見送っていた瞳は悲しみに嘆いていた。
そういう私も、北斗さんと涼子さんの関係を聞かされて、
アスファルトで思いっきりこけてできた擦り傷のように、
ズキズキと疼いてる。
でも、さりげない流星さんの心使いに救われたこともあって、
兄と弟、複雑な二人の狭間で、
恐れ慄きびくびくしていたのだ。



病院を出て浮城さんの車に乗り込んだ私は、
助手席でようやく握りしめていた掌を広げ、
渡された四つ折りのメモを開き見る。
そこには、その場で書いたと思われる流星さんの携帯番号が書かれていて、
囁かれた言葉の意味もそのときすべて理解した。
小さく溜息をついた私をちらっと見て、
前を向き運転する浮城さんが、何もかも悟ってるように話しかけてきた。


浮城「それ、流星からもらった?」
星光「あっ。い、いえ。」
浮城「気にしなくていいよ(笑)
  カズには言わないから。
  流星はこういうこと気を遣う奴なんだよな。
  昔からそうだ」
星光「昔からって、浮城さんは流星さんのことよく知ってるんですか?」
浮城「もちろん。
  あいつが学生のときから知ってるよ。
  今じゃ、あんな風にぶっきらぼうになってしまったけど、
  あれで結構紳士なんだよ。
  感情にストレートだから周りからはよく誤解されるけどね、
  気が利くし、むちゃ良い奴だよ」
星光「そうなんですね。
  昔っから北斗さんと流星さんって仲悪いですか?」
浮城「いや、流星がアラスカに行くまでは仲良かったなぁ。
  それまではあいつもスターメソッドで仕事してたから、
  僕らは同じチームで、いくつも一緒に仕事をこなしたし、
  共同で何冊か写真集を作ったもんだよ」
星光「そうですか……
  あの、流星さんがアラスカに行ったのって、
  北斗さんと涼子さんのことが関係してますか?
  Xmasパーティーの……」
浮城「えっ。星光さんはパーティーのこと知ってるの?」
星光「は、はい。
  少しだけですけど、病院で北斗さんから……
  あの、その時にカレンさんも一緒だったと」


今このタイミングしか、
埋もれた5年前のXmasの真実を聞く機会がないのではないかと感じて、
私は申し訳ないと思いながらも頷きながら答えた。
すると、安心したように溜息をついた浮城さんは、
躊躇うこともなく私に真相を話しだした。


浮城「ふーっ!そっか、カズに聞いたのか。
  うん。流星からすれば、あの二人がキッカケになってるのは確かだな」
星光「でも、奥さんを一人残して何年も海外に行くってなったら、
  よほどの理由がないと気掛かりでいけないと思うんです。
  私が病室で見た流星さんは、
  涼子さんをとても愛してるように見えたから。
  もしかしたら私の思い違いかもしれないけど」
浮城「思い違いじゃないよ。
  流星は今でも涼子さんにベタ惚れだからね」  
星光「えっ。そんなに愛してるのに、
  何故彼女を一人に残してアラスカに?
  愛してるなら一緒に連れて行く選択肢はなかったんですかね」
浮城「それは、パーティーの日に、
  カウチでカズと涼子さんが抱き合ってるのを見てしまったからだ。
  だからあいつは涼子さんをカズに託して、
  一人でアラスカに行ったんだよ」
星光「えっ……」


彼の一言で私の口から質問の言葉が止まってしまう。
次々繰り出されるXmasの真実を知った私は、
茫然自失する他なかったのだ。
大きな波しぶきが跳ね上がる崖の岩場で、
空を仰ぎ絶望に浸ってた私を、
すごい力で引っ張り、捨て身で救ってくれた北斗さん。
あの日の彼の肖像は、暴かれたXmasの出来事と共に、
ガラガラと音を崩れ出したのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。