金と地位に執着し、大旅館の女将の仮面をかぶった悪魔は、
低い声で呪いの呪文をつぶやくと私から離れる。
むせ返るくらいキツイ香水の匂いと共に事務所の外に消えて行った。
後に残された加保留は、再度サインの入った書類に目を通すと、
封筒に書類を入れて紙袋にしまった。
そして立ち上がると、勝者のように微笑む。
加保留「星光が消えてくれて、颯さんと婚約することになったわ。
それに父が私を娘として正式に受け入れてくれたの。
女将の座も夢じゃないしね。
だから星光、大神楽にはもうこないでほしいわ。
颯のこともそう。彼にも二度と近づかないで」
星光 「そう(笑)……それは良かったわね。
私もこれでやっと幸せになれるわ」
加保留「何言ってるの。負け惜しみ?」
星光 「いいえ。私からも加保留に言っておくわ。
心配しないで。
二度と濱生にも大神楽にも颯にも近づくことはないから。
加保留、本当にありがとう。
颯と一緒になってくれて心からよかったと思ってるわ。
貴女たちのお蔭で私は、
颯よりもずっと人間らしく男らしい人に巡り合えたんだもの。
心からあなた達ふたりに感謝してるわ。幸せになってね」
加保留「えっ!?何ですって!
星光、あんたに幸せなんてないのよ。
感謝してるなんて馬鹿じゃない!?」
予想もしてなかった私の言葉に、
先ほどの笑顔は消え、動揺を隠せない加保留は、
慣れない着物の裾を持つと、数子の後を追うように、
足早に事務所からでていったのだった。
その姿はまるで、仲間から追いかけられる皇帝ペンギンのように見えて、
みっともなく滑稽でたまらない。
星光 「あーあ。この暑い中、慣れない着物なんか着るから(笑)
んーっ!すっきりしたっ!
あっ、もうすぐ12時になるな。
北斗さんに電話しなきゃ。携帯携帯っと」
おもいっきり背伸びした私は控室のロッカーからバッグを取り、
携帯を取出すと電源をいれた。
北斗さんに連絡できる嬉しさと、
一か月ぶりに見る猫の待ち受け画面に小さな幸せを感じる。
緊張する指で履歴のボタンを押した私は、
表示される北斗さんの番号をコールしたのだった。
(続く)
この物語はフィクションです。

