私が北斗さんの車の助手席に乗ると、
彼はトランクからスポーツタオルを取り出し、運転席に座った。
ずぶ濡れの私の頭を拭きながら優しく穏やかな顔で微笑む。
きっと北斗さんとはもう会えないだろうと思っていた私。
こんな再会が待ってるなんて、まるで夢のようで胸にじーんとくる。


(神社神殿館横駐車場)


七星「何度も電話したんだ、君の携帯に。
  どうして電源を切ってるの」
星光「それは……
  実家や颯から連絡があったら困ると思ったからです。
  またGPSで追跡されたら嫌だなって。
  それに携帯は東京に着いたら買い替えるつもりでいたので」
七星「そう。まさか写真展で再会するなんて、思ってもみなかった。
  もっと早く僕に連絡をくれたらよかったのに」
星光「ごめんなさい」
七星「でも、本当に逢えてよかった」
星光「私もこうやってお話できて嬉しいです。
  写真展のことは先輩が調べてくれたんですよ。
  ここに私を連れてきてくれたのも、職場の先輩の夏鈴さんなんです」
七星「夏鈴さんって、一緒に居た女性?」
星光「はい。私、東京に着いた日に、
  一度北斗さんが教えてくれた住所へ行ったんですよね。
  でも、北斗さんが女性とマンションに入っていくのを見かけちゃって、
  きっと奥さんか彼女だなって思ったんです。
  北斗さんがとてもその人を気遣って寄り添ってるように見えたから、
  『なんだ。大切な人が居るんだ』って思ったら連絡できなくなりました」
七星「そうだったんだ。
  それで連絡してこなかったのか。
  その後はどうしたの?」
星光「何だか無気力になって、当てなく車を走らせたんですけど、
  偶然見つけたスーパーの店員募集に飛びついちゃった(笑)
  今は南長崎町のスーパーでお勤めしてて、
  “幸福荘っていう”社員寮に居ます」
七星「そう……
  あのね、星光ちゃん。
  僕には奥さんは居ないし、彼女も居ない。
  正真正銘独り身だよ(笑)
  なんなら調べてもらってもいい」
星光「えっ。それじゃあ、一緒に居た女性は?」
七星「あぁ。あの女性は弟の嫁さんで涼子さんって言うんだよ。
  身体が弱くてね、あの日は病院からの帰りだったんだ。
  一か月に二度、定期検診があって、
  君が偶然見かけたのがその日だった」



私はそれが事実なのかどうか確かめるために、
北斗さんの顔色を窺うように見つめた。
でも、彼の顔は穏やかでとても嘘をついている様には思えなかった。
何の根拠もないのだけど、身体の奥に安心感がこみあげてくる。


星光「弟さんの奥様……
  そうだったんですか。
  ごめんなさい。
  私ったら勝手に勘違いしてしまって、
  とても失礼なことをしてしまいました」
七星「いや。悪いのは僕だよ。
  初めに話しておけばよかったんだ。
  あの時は君と一緒に東京へ帰る予定でいたからね。
  東京での生活や僕のこと、
  機内で話せばいいと思ってたのが誤算だったな」
星光「北斗さんって、弟さんと仲良いですね。
  義理の妹さんの病院の送り迎えなんて。
  私なんて二人妹が居たって、
  今まで仲良く過ごした思い出なんてないんです。
  と言っても今思えば、
  本当の姉妹じゃなかったんだから当たり前ですけどね」
七星「ん?本当の姉妹じゃないってどういうこと」
星光「私、濱生の実の娘じゃなかったんですよ。
  東京に来て、戸籍謄本を初めて取りましたけど、
  私の本当の両親の名前は、古賀憲二郎と美砂子。
  憲二郎と大神楽の社長勝憲とはどうも従弟のようですけどね。
  福岡を出た日に颯からその事実を聞いて、
  彼から迫られそうになったところを、風馬に助けてもらってここに……」
七星「そうだったの。
  星光ちゃん、大丈夫か?」
星光「ええ。もっとショックを受けるかと思ってましたけど案外平気で(笑)
  っていうかホッとしました。
  生まれた時に私の名前は“古賀星光(こがきらり)”だったってことが。
  それに濱生の娘じゃないってことは、これから旅館を継ぐことも、
  颯との婚約だってもう気にすることはないってことだし。
  あの氷の要塞に帰らなくてもいいんだなって思ったら解放感いっぱいです。
  ただ……」
七星「ただ?」
星光「両親がどんな人なのか、二人とも元気に生きてこの世に居るのか、
  どんな理由で私を濱生の養女にしたのかって、
  そのことの方が気になるんです」
七星「そうか。出てくるときもいろいろ大変だったんだね。
  よく切り抜けて一人で東京に出てきたな。
  でも僕と逢えたからもう大丈夫だから。
  いつ君が来てもいいように、仕事も住まいも用意してるんだ。
  明日でも一緒に手続きして、今の職場にも事情説明するといい」  
星光「北斗さん……」



私の頭を撫でなから安心感をくれる北斗さんの声。
冷たくなった頬を右手で触れながら、彼が諭すように話した。
恋しくてたまらなかったこの声に私の心は熱くなる。
そんな甘いムードを割くように、
運転席の窓ガラスを叩く音でドキッとさせられた。
外に立っていたのは、さっき会場に居たカレンさんだ。
北斗さんは車のキーを回して、パワーウィンドウのボタンを押す。



七星 「なんだ、カレン。
   もう帰り支度か?」
カレン「なんだじゃないわ。
   今何時だと思ってんのよ!
   明日から私がマドリード行きって知ってるでしょ!?
   人を待たせておいて自分は車の中で女とイチャついてるわけ!」
七星 「カレン」
カレン「私は先に帰社するから、
   後はあの中に居るお人よしバカの浮城ちゃんとお手手繋いで帰れば!」
七星 「おい、カレン。
   すぐ片付け終わるから少し待ってろよ」
カレン「はぁーっ!カズ、覚えておいて。
   私はどんなに惚れてる男でも待たされるのが大嫌いなの。
   一分一秒でもね。
   あ、そうそう。
   先に帰って東さんにはこのこと報告しておくから。
   どいつもこいつも、公私混同もいい加減にして!」
七星 「おい!……まったく。
   鼻っ柱の強いお嬢さんだ」


カレンさんは捨て台詞を吐くと、スタスタと自分の車に向かって歩いていった。
彼女の鋭い目線は、北斗さんと話しながらも私にずっと向けられていたけど、
彼女の表情とキツイ言葉には征服欲と嗜虐心が垣間見えた。
はっきり言って、あの高圧的なオーラと存在感に恐怖を感じる。


星光 「すみません。
   私のせいでお仕事に支障がでてしまって」
七星 「何言ってるの。
   もう仕事は終わった(笑)
   そうだ。友達の夏鈴さんだったかな。
   会場で君の来るの待ってるだろうからそろそろ中に入ろうか。
   片付け終わったら、友達も一緒に食事でもしよう。
   僕の頼りない相棒も一緒だけど(笑)どうかな?」
星光 「はい!是非」
七星 「よし!じゃあ、急いで片づけをしよう」



私と北斗さんは車から降りると、写真展示場に向かった。
入口の手前から男女二人の真剣に言い合う声が聞こえてくる。
そして会場に入って真っ先に感じたのは、
北斗さんに向けられた夏鈴さんの鋭い目線。
じっと睨みつけ、まるで彼を警戒してるようにも見えた。
その傍らで困ったような表情を浮かべる北斗さんの同僚浮城さんの姿も、
驚く私の視界に入っていた。
もちろん、その異様な空気を感じ取れない北斗さんではない。
彼もまた、私と同じように夏鈴さんの物言いたげな視線に気がついていた。


(神社神殿館、写真展会場)



浮城「それは違う!誤解しないでほしいんだけど、あいつは」
夏鈴「誤解も何も、一緒に居ることでそう思われても仕方ないですよね!
  どう考えてもどう捉えても無責任極まりないわ。
  常識のある人ならそんなこと」
星光「夏鈴さん?」
七星「おい、陽立。なにかあったのか」
浮城「カズ」
夏鈴「キラちゃん。帰るよ」
星光「夏鈴さん、ごめんなさい!やっぱり怒ってますよね。
  私が何も言わずにいきなり出ていっちゃったから」
夏鈴「そんなことで怒ったりしないわ。
  でも、怒ってるとしたら横に居る北斗さんにね」
星光「えっ(驚)」
七星「僕が何か……
  お前、彼女に何を言ったんだ」
浮城「カズ。すまん、俺はただ」
夏鈴「私が無理矢理聞いたんです。浮城さんは何も悪くないですよ。
  それもだけど、キラちゃん。
  店長から至急帰って来いって電話があったの」
星光「店長からって、何かあったの?」
夏鈴「キラちゃんの車のことがどうとかって。
  とにかく帰るわよ。
  詳しいことは後で話すから」
星光「は、はい。
  じゃあ、北斗さん。今日は帰ります」
七星「そうだね。
  明日12時、僕の携帯に連絡くれないか。
  さっき話したことを一緒に手続きしにいこう。
  君の携帯のことも含めてね」
星光「はい。必ず電話します」
夏鈴「ほらっ!行くわよ!」
星光「は、はい」
浮城「君は完全に誤解してるからな!仲嶋さん!」
  


夏鈴さんは声をかける浮城さんをも無視して、
私の手を引っ張りながら足早に出口に向かった。
私は何度も後ろを振り返り、
北斗さんと浮城さんの姿を気にしながら会館を後にした。


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