その日の深夜。
簡易ベッドで仰向けになり目を閉じている流星さんと、
穏やかに眠る北斗さんと三人、昨夜の様に病室で過ごす。
私はまた、二人の眠る姿をベッド脇にある椅子に座り眺めながら、
北斗さんの手を握って、彼の手の甲を撫でながら話しかけた。


星光「七星さん。
  私ね、明後日神道社長と日本に帰るの。
  折角七星さんに逢えて、こうやって傍に居れるのにね。
  でもね、七星さんもすぐ東京に戻れるのよ。
  東さんと流星さんが連れて帰ってくれるって」
七星「すーっ。すーっ……(呼吸音)」
星光「そうだ。
  その頃には豊島区では神社の夏祭りがあるかしら。
  私たちが再会したあの神社よ。覚えてる?
  あれからもうすぐ一年が経つのよね。
  早いなぁ。
  あの時、逃げる私を七星さんったら追いかけてきて、
  自分の胸の中に引き寄せて力強く抱きしめてくれたね。
  体当たりするような勢いだったから、
  kissされちゃうかもって思ったくらいドキッとしたわ。
  ずぶ濡れになった七星さんの身体、微かに震えてた……」
七星「すーっ。すーっ……(呼吸音)」
星光「私、あの時追いかけてきてくれてすごく嬉しかったのよ。
  でも、七星さんの膝の上に座ってたカレンさんの姿を見て、
  ショック受けちゃって、すごく嫉妬しちゃった。
  呼吸できないくらい苦しくて逃げ出しちゃったんだ。
  何度見ても、七星さんが他の女性と居る姿を見ると逃げちゃう。
  いい加減、免疫できればいいんだけどね……」
七星「すーっ。すーっ……(呼吸音)」
星光「そうそう。
  あの時、夏鈴さんと射的をしたの。
  彼女がこんなこと言ってたんだ。
  『射的はある種の人生トレーニングなんだから。
  なんでも真剣にやってこそ意義がある!
  それに“射的の道は人生に通ずる!”
  何でもうまくやるコツがあるんだから、
  恋愛も射的と同じで、狙った獲物はそう簡単に諦めないの』って。
  彼女は言った通り、根岸さんを射止めたのよね……
  あのふたり、結婚したのよ。すごいよね。
  4年も離れ離れだったのに、愛の力かな。
  私ね、夏鈴さんのブライズメイドを頼まれたの。
  流星さんは根岸さんのグルームズマンだよ。
  七星さんも、日本に戻れるなら、
  グルームズマン引き受ければいいのに……」
七星「すーっ。すーっ……(呼吸音)」


彼の静かな呼吸音は、くっちゃべる私への相槌だ。
ただ聞いているだけで安心感をくれる。
そして、起こしているのがやっとの体と、
今にもガタガタと崩れてしまいそうな心を、
必死で奮い立たせてくれる。


流星「(星光ちゃん。また兄貴に話しかけてるのか)」
星光「夏鈴さんは恋を成就させたのに、
  其れに引き替え、私ったら何やってるのかな。
  臆病だから諦めてばかりで、何度も貴方から逃げ出した。
  風馬からも『まだ逃げてんのか』って言われて、
  『お前、冷たすぎるっちゃん』って怒られたの。
  私が勝浦を抜けた後、七星さんが現場のみんなに頭下げて、
  毎日、風馬の仕事の手伝いもしてくれたんだよね?
  風馬が年内に福岡に帰れるように手配してくれたの、
  七星さんだったのね……
  七星さん、本当にありがとう。
  たくさん、ありがとう……」
七星「すーっ。すーっ……(呼吸音)」
星光「七星さん……
  七星さん、返事してよ。
  目を開けて私を見て。
  また離れ離れになっちゃうのに……」
七星「すーっ。すーっ……(呼吸音)」
流星「星光ちゃん」


立ち上がり七星の寝顔をじっと見つめる。
今にも大声をあげて泣き出してしまいそう。
そんな私の名を呼んで、背後から抱きしめる温かい腕。
話しかける私の言葉を黙って聞いていた流星さんは、
私の哀れな姿を見て堪らず抱きしめた。
彼の力強い温もりは、
やっとの想いで立っている私の力を完全に奪う。


流星「もうやめろ、星光ちゃん。
  いくら話しかけても、兄貴は君の問いかけには答えない」
星光「流星さん……」
流星「じっと見つめても、
  目を見開いて君に笑いかけることはないんだ」
星光「でも。話しかけないと、七星さんは聞いてるの。
  私は笑顔で傍に居ないと……」
流星「星光ちゃん」
星光「流星さん。
  七星さんは疲れて眠ってるだけですぐ目を覚ますのよ?」
流星「星光ちゃん、しっかりしろ!」
星光「流星さん……泣いてるの?どうして」
流星「辛いんだ、俺は。
  君のその姿を見るのが、辛いんだよ……」
星光「流……」
流星「星光ちゃんだって、むちゃくちゃ辛いだろ!?
  本当は兄貴に縋って泣きたいくらい辛いんだろ!?
  泣きたいのに我慢するな。
  俺がいくらでも胸を貸してやる!
  大声出して泣いていい。
  辛いのに無理して笑ってなくていいんだ」
星光「流星さん。私、私……」
流星「もう無理するな。
  辛かったな。ごめんな」
星光「流星さん。辛いよぉ……うぅ……」


震える声で私に言い聞かせるように必死で訴える流星さんは、
私の両肩を握ると正面を向かせて抱きしめる。
彼の鼓動と共に傍には見せない苦悩は、
私の左耳を伝って心の中へと入り込み、
限界を超えた私の悲しみにたどり着くと、
抑圧していた感情を思い切り外へと引っ張り出した。
力なく崩れ落ちる私を抱きしめ、支えながら床に跪く。
北斗さんの呼吸音と私の泣く声が、薄暗い病室に響いていた。



数十分は経っていただろうか。
床にへたり込んだ私を抱きしめる流星さんの背後で、
とてもか細く、でもそれは真実味に溢れる声がした。
問いかける声は、
それまで嗚咽を漏らして泣いていた私の口を塞ぐ。
そして流星さんの涙をも止める。
私たちはゆっくり振り返り眠っているはずの北斗さんを見つめた。
その時、包帯のまかれた彼の左手が微かに動く。


七星「ふたりとも……なぜ泣いてるんだ……」

(続く)


この物語はフィクションです。