「わたしも寝なくちゃな」
そう思い、座ったまま目を閉じる。
動くつもりなんて露ほどない上、動かしたらシエルが起きてしまうかもしれない。
寝つきが悪いわたしだけど、どんな格好でも寝られるのは自慢。
小さい頃は木の上や立ったまま寝ていて、何度メイド長に怒られたか。
「……っや…めて……」
「……ん?」
ピクンッとシエルの体が動く。
うなされているのだと、わかった。
『夜の見回りしているとねぇ、聞こえるんだよ。
可哀想で仕方ないよなぁ……』
以前、寮の管理人のおじさんが言っていたこと。
時折廊下を歩いているとシエルの部屋から聞こえるらしい。
『やめて』
『ごめんなさい』
『僕が悪かった』
おじさんが悲痛な面持ちで溜息をつく気持ちが大いにわかる。
「シエル、起きて。シエル」
折角眠っている所を起こすのは申し訳ないけど、
わたしは起こすことにして体を揺らす。
うなされているのを止めさせるには、起こして現実を知る他ない。
「んー……うっ…」
「シーエル。起きて?」
パチッと両目が開かれる。
瞳は見えないけど、長い前髪がゆらりと揺れる。
「はぁっ……って、エル…様?」
「ごめんね起こしちゃって。
うなされていたから、辛いかなって」
「……はぁっ…ごめんなさい…またご迷惑をお掛け致しました」
「別に良いよ。
少しお水でも飲もうか?」
わたしの部屋には、使った回数は少ないけど、水がはいったポットとグラスが置いてある。
ポットから水をグラスに注ぎ、シエルに渡した。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう、ございます……いただきます」
コクコクと一気飲みせず控えめに、でも全部飲み干した。
「けほっ……ありがとうございます」
「ん?風邪?」
「ちょっと咽(む)せただけです……ごほっ」
咳き込むシエルの背中をさする。
シエルは不意にわたしの方を見ると、手を少し上に上げた。
そして、少しだけ、初めて自分の前髪を上げた。
額全体は見えないけど、初めて露わになるシエルの瞳。
宝石のような漆黒の瞳で、二重で、やっぱり睫毛(まつげ)が長い。
くりっとした、男にしては可愛らしい瞳。
……というか、見惚れている場合ではない。
「シエル、前髪っ……」
「……ここまで、ですけどね」
シエルは目を少しだけ細めると、パサリと戻した。
あの可愛らしくて綺麗な瞳は前髪に隠れて見えなくなった。
「何でっ……」
「……せめてものお礼です。
前に前髪上げられないか聞かれたの、思い出して」
「変わったお礼だね」
ふふっとわたしは笑う。
変わったお礼。
だけど、わたしにとってはすごく嬉しいお礼だった。
「目つき、悪いでしょ」
「え?」
「何だその目はってね……言われていて」
「目つき悪くないよ?」
「目つき悪いというか……。
大人を馬鹿にしている目だって言われたんです。
馬鹿にしているつもりなんてないのに……。
僕にとって大人は怖いだけの存在でしかないのにっ…。
はぁっ……もう嫌だっ……」
「シエル」
俯いたシエルを抱きしめる。
どうやら今夜は眠れそうにない。