「おはようございます」

 現れた脇田に深々と頭を下げると、脇田が笑う。

「おはよう、秋津さん。
 渚にはともかく、僕にはそこまでかしこまらなくてもいいよ」

 そこで声を落として―― だが、葉子も聞きたがっているからだろう、ちゃんと彼女に聞こえる声で、脇田は言った。

「夕べ、渚、いそいそと帰ってったけど、君んちに行った?」

 蓮も気持ち声を落として言う。

「来ましたよ、菊の花を持って」

 ぷっ、と葉子が吹き出した。

「なんで菊の花」
と葉子が言う。

「いや、それしかなかったそうです。
 その前は、しきみで」

「それってあれじゃない?
 共に墓に入るまで、一緒に居ようってプロポーズだとか」
と言って葉子は笑っている。

 いや、あの人、意外となんにも考えてないですよ、と思っているうちに、渚が来た。

 おはようございます、と三人が頭を下げる。

「おはよう」
と返す渚は特にこちらを見もせずに、行ってしまう。

 仕事で頭がいっぱいのときは、私のことなど、丸投げですね、とちょっと恨みがましくその背を見送った。