「あー嫌だ嫌だ」
腕を頭の後ろで組んだチェシャは、尻尾をパタパタさせながら歩きつづける。
「もうやめなさいよ」
「だってあの人、俺を犬とか言ったんだぜ?まじありえない」
そんなに犬が嫌いか。
「貴方は極端なのよ」
ネズミを見つければ目を光らせて追いかける。
犬だと言われれば憤る。
野生丸出しだ。
「えー?そんなこと言ってもさぁ、ここの奴らはみんなそうじゃん?」
うん、まぁこれがね、言い返せないのよ。
確かにみんな自由というか、ぶっちゃけ自分勝手すぎて手に負えないというか。
ほんとにね、うん。
時々蹴り飛ばしたくなるほどにはイラッとするかな。
「……私なんでこのセカイにいるのかしら」
前にいた世界ではみんな多少なりとも気を使ったものだけれど。
「帰りたくない何かがあるんじゃないの?」
いやまぁそうなんだろうけど。
思いつかないから困ってるのよね。
うーんうーんと唸っていると、何事かを叫ぶ声が聞こえた。
「さぁ!早くおし!!わらわは気が短いのじゃ!!!」
………げ。
私はどうやら考えごとをしながら歩いていたせいで、無意識に女王の庭園前に来ていたらしい。
「相変わらず真っ赤」
チェシャが嫌そうに顔を歪めたのを視界に入れつつ、私も視線をそちらにうつす。
庭園に咲き誇る真っ赤な薔薇たち。
美しい多種の花が咲く庭園や花屋でみると、薔薇というものは何とも可憐で美しいのだが。
この庭園には赤薔薇以外の花は存在していない。
まるでそれ以外が咲くのを許さないとしているように。
その光景は綺麗というよりは恐ろしいというか。
なにせ庭園の主の口癖が「首をはねよ」なもんで、薔薇の赤が血の赤で染められているのではと感じるというか。
「…………見ようによってはホラーよね」
「まぁ、実際その主がホラーだしな」
2人で主語を取った会話をしていると。
「あぁ忙しい忙しい!!」
と、庭園の入口から白い兎耳を揺らした青年が掛けてきた。
私にとっては最悪なタイミングで出てきてくれたなこのウサギ。
片方だけのメガネを、ずり落ちないように押さえながら走る青年。
そのメガネの奥はタレがちな、き弱そうな瞳。
元は整っているはずの顔は、疲労がにじみ出ていて綺麗とは言い難い。
そんな彼は、私を見るなり。
「あっ!!アリス!!!丁度いいところに!!お願いだ、女王をなだめておくれ」
と、私にとっては何も丁度良くない用件をぶちかましてきた。
「いや、あのね…」
と、私が丁重に断ろうとしていると、首元でぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「はぁ?アリスは俺と遊ぶのー。ヒステリー女に構ってる時間なんかないわけ」
まぁ確認しなくてもピンク色の猫ですよ。
大体、おかしい人しかいないとしても、この国で女王をヒステリー女と言えるのはこのバカ猫だけだ。
なにせ皆自分の命がおしい。
私もよ、ねぇチェシャ?