窓の外も真っ暗闇が広がっていた。どうやらこの辺一帯停電しているようだ。
 その暗闇に、月の明かりだけが煌々と輝く。

 携帯の明かりを頼りにソファーまで移動して、ふたりで並んで座る。
 残念ながら涼介の部屋には懐中電灯もキャンドルもないらしい。

 でもしばらくすると目が暗闇に慣れてきて、部屋のどこに何があるかも分かった。でも電気が復旧するまでじっとしているのが得策。下手に動いて怪我でもしたら元も子もない。

 そんな音も光もない部屋で、会話は一切なかった。


 どうしてこんなことになってしまったのか。
 停電のことではなく、涼介とわたしの関係のことだ。

 そもそも涼介とわたしの「初めて」があったのは、どうしてだっけ?

 ああ、たしか飲み会で。べろんべろんに酔って、そのままホテルになだれ込んだんだ。


「七海」

 長い沈黙のあと、涼介が口を開く。

「悪かったな」

「……何が?」

「早く帰れなんて言って」

「……や、全然。むしろ押しかけたのはわたしだし……」

「……」

「……」

 ああ、また沈黙。
 いつから、ろくに会話もしなくなった?
 いつから、ただ会って、身体を重ねて、それだけになっていた?

 無性に泣きたくなって、体育座りをしていた膝に顔を埋めてみたら、後頭部をぽんぽん撫でられた。
 じわり、と。胸が疼く。

 ただ頭を撫でられただけなのに、なぜこんなに温かいのだろう……。

「ふっ……」

 隣から、噴き出した音がはっきり聞こえた。

 あれ、隣の人、もしや笑ってる? 暗闇で? 脈絡もなく?

「りょ、涼介?」

「七海、俺は、七海が好きだ」

「……は?」

 突然のことに驚いて、後頭部に置かれた手を押し上げながら隣を見ると、月明かりに涼介の笑顔が浮かび上がっていた。

「な、なんで……?」

「なんでって。そういや言ってなかったなって」

 言っていなかった。聞いていなかった。でも。でも……。

「う、嘘だ!」

「あ? おまえひとの告白を嘘呼ばわりか?」

「だって……ずっと……」

 ずっと、身体だけの関係だと思っていたのに。

 すぐに抱き寄せられて、わたしの頭に顎を乗せた涼介が言う。

「言う必要なんてないと思ってた。おまえも俺のこと好きだからな」

 さっきからずっと我慢していた涙がついに溢れて、それに気付いた涼介は、わたしの背中をぽんぽんたたく。

「涼介……」

「いいから、黙っとけ」

「ん……」

 ちゅ、と。頭のてっぺんで渇いたリップ音が響く。
 そうしてさらにきつく抱き締められて、涼介の胸で、わたしはひたすら泣き続けた。

 涙の意味は、さっきとは違っている。
 嬉しいのだ。心の底から。
 たかが言葉なのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。付き合う付き合わないなんて、ただの口約束でしかないはずなのに……。



「この際だから白状するけど」

 わたしが泣き止むのを待って、静かに涼介が言う。

「おまえにプロポーズするつもりだった」

「は、はあ?」

「まとまった休みを取って温泉にでも行って、そこで指輪を渡そうかと思って。休みもらうために、ここしばらく仕事しまくってた」

 突然のカミングアウトに、驚いて顔を上げる。

 だから最近連絡が取れなかったんだ。
 一言言ってくれれば良かったのに。せめて旅行のことくらい。

 ああ、やっぱり言葉は大切だ。言わなきゃ何も伝わらない。


「ていうか……プロポーズ?」

「だめか?」

「や、嬉しい、です……」

「だと思った」

 にやりと笑う涼介の顔が近付いてくる。

 ああ、この体温。感触も。久しぶりだ。
 それをきっかけにさらに距離を近付けて、お互いの身体に腕を回した。

 何度も何度も名前を呼んで、呼ばれて。何度も何度も愛してると囁いて、囁かれて。

 全身が愛に包まれた。そんな気がした。