「もう荷物は車へ運んだの? お母さんはもう準備できたの?」

「え、ええ。大丈夫よ。」


 美佐は何も知らない娘には楽しい旅行を過ごして欲しいと願い、茜の前では笑顔を絶やさずにいようと心に誓った。



 新婚旅行の行き先は茜の希望ですぐ近くの温泉旅館。お忍び旅行で利用されている離れのある旅館だ。山奥の広大な敷地にメインとなる受付のある大きな建物が聳え立っているが、周辺には別荘地のように小さなコテージのような建物が点在している。


 優也はメインの建物の方に美佐の部屋を予約し、茜との部屋はコテージに予約を入れた。


 旅館へ向かう車の中では、後部座席に美佐と一緒に座る茜が楽しそうにお喋りをしている。楽しそうな茜の声を聞きながら優也は助手席不在のままハンドルを握っていた。



「あの、優也さん、ごめんなさい。茜との新婚旅行に邪魔してしまって。」


 茜が優也ではなく母親の美佐にベッタリくっついて話をしている様子に美佐は、やはり娘夫婦の旅行などには着いてくるものではないと後悔した。

 美佐の顔から笑顔が無くなるのをバックミラーで逐一確認していた優也もまた笑顔は見えなかった。


「茜が喜んでいるのだから構いませんよ。」


 バックミラー越しに優也の熱い眼差しが美佐の目を捕らえると、少しの間、二人の目はミラーを見つめていた。

 美佐の目が少し潤むと優也は笑みを見せミラーから目を離し運転に集中した。



「お母さん、露天風呂もあるのよ、一緒に入ろうね!」


 茜はまるで家族旅行のようにはしゃいでいた。そんな娘を見て心を痛める美佐に、優也の熱い視線が送り続けられた。